03.安心する姉
妹の宣言から数週間が経過していたが
グレイスは今まで通り変わらない日常を過ごしていた。
やはり取り越し苦労だった。
グレイスは胸を撫で下ろす。
あれ以降、特に妹から何かをされるわけでもなく、言われたわけでもない。
最初グレイスは少し怯えていた。
シャーロットはとてもまっすぐな性格なので、自分が決めた事は最後までやりとおす。
見た目は儚げで柔らかい印象があるけれど意外に意志が強い。
だから毎日傍らで、出会いを探せとか、結婚しろなどと説教されてしまったらどうしようかと不安だった。
そんなことは完全に杞憂だったとグレイスは思う。
それどころか最近シャーロットはグレイスに構うこともなくなった。
日常会話以外話しかけてくることも無い。
というよりも最近あまり顔をあわせることがない。
気がつけばどこかに出掛けている。
侍女を何人かお供にしている時もあった。街で大きな買い物などをしているようだ。
どうやら妹は自分の事でとても忙しそうだ。
グレイスは確信した。
シャーロットは自分の結婚の準備をしていると。
式の準備や新生活に要るものや挨拶回りなどで忙しいのだろうと。
やっぱり結婚をする予定なのね!
グレイスは喜んでいた。
やっぱり私の結婚を見届けてからなんて無理なのよね。
そんな有得ないことを待ってられないわよね。
ひょっとしたらウィリアムに説得されたのかも。
何だかんだ言ってやっぱり妹も二人での生活を早く始めたいんだわ。
あんなこと言ってしまった手前、やっぱり先に結婚します、なんて言い出しにくいんだろうな。
だからってあんなにコソコソしなくてもいいのに。
報告してくれたら、姉として何か手伝える事があるかも知れないのに。
こちらからそれとなく話を振った方がいいかしら。
いろいろ逡巡しているとあっさりとシャーロットから声を掛けられた。
ドレスを新調するから布地を一緒に選んで欲しいという。
「お姉様はどれがいいと思う?」
久しぶりの面と向かっての会話だった。
新しいドレスを作る!
ウィリアムの家柄なら付き合いも多いだろうし、お披露目の夜会などで必要になるのだろう。
待ってましたとばかりにグレイスは見本の中から一生懸命シャーロットに似合いそうな布地を選ぶ。
白系統は無かったので式用のドレスではないようだ。
どの布地も絹の風合いが心地よく、発色もとても綺麗なので迷ってしまう。
けれど愛しい妹の為に考えるのはとても楽しかった。
結局結婚の予定は聞かせて貰えなかったが、少し手伝えたことに満足していた。
グレイスはふと昔を思い出す。
今の様に布地選びで一緒に楽しい時を過ごした事があった。
その時はシャーロト用のものではなかった。
グレイスの社交界デビュー用のドレスだった。
いつもは自分が着るものにあまり興味のないグレイスでも
初めての大人用のドレスを作って貰えることに胸を高鳴らせていた。
悩みに悩んだ結果、結局好みの色が一番ということで薄い空色のドレスが仕上がった。
初めて着た時、家族全員がよく似合っていると褒めてくれた。
普段華やかな話題で主役になることがほぼなかったので
面映ゆくもあったがとても嬉しかった。
ふんわりと自分を包んでくれる空色のドレスが身も心も軽くしてくれた様な気がしていた。
グレイスはそんなこともあったなと一人微笑んだ。
(あのドレスで良い思い出は作れなかったけれど…)