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32.父と子

その日、エドワードは外出を終えて屋敷に戻ってきたところだった。

心なしか屋敷内が騒がしい。音のする方に顔を向けるとぞろぞろと歩く集団が見えた。彼らは皆、皮の鞄や、箱、袋など大きな荷物を抱えている。その顔ぶれには見覚えがあった。恐らく彼らは屋敷での仕事を終え勝手口から帰ろうとしているところだろう。

(あぁ、またか)エドワードはため息をついた。


何も見かったことにして執務室に行こうと廊下を歩いていると、運悪く父親に出くわした。

目も合わせずに通り過ぎようとした。

今の気分では立ち止まって言葉を交わしても、どうせ自分の発言は小言になるのは目に見えているし、父はそれを完全に聞き流してしまうこともよく分かっていたからだ。

なるべく無駄な時間は過ごしたくはない。


それなのに、エドワードの気持ちを知ってか知らずかチャールズは声をかけてきた。

「おや、もう戻っていたのか。どうだった?」

「いつもと同じですよ。ただの接待でした。お暇だったのなら父上に行って頂きたかったです。」

領地の者達が領主に取り入ろううとしているのか、懇親会という名目で昼食会に招かれる時がたまにあった。

「私は用事があったからなぁ。」

「用事?どうせ衣装を新調しただけでしょう?」


先程見かけた者達は皆それぞれ街で一流の店を構えている職人や商売人だった。チャールズは何かあると彼らを屋敷に呼び付けては、服一式、靴、帽子、小物や宝石を一度に纏めて新調するのだ。若い時は毎月の恒例行事のようになっていたが、最近はめっきり回数が減っていた。漸く落ち着くようになったと思っていたのに。


「身なりを整えるのも仕事のうちだからな。」

「もう十分過ぎるくらい整っているでしょう。」

「いや、近々久しぶりに夜会に出席しようと思ってな。そうなると最新の流行の物を揃えなくてはならないだろう?」

「そんな法などありませんよ。どこに出掛けるのも勝手ですが、ご自分のお歳も考えて程程にして下さいよ。」

「私も弁えてはいるよ。お前こそ、自分の歳を考えて十分に楽しまなくてはいけないぞ。忙しそうだがちゃんと羽目は外しているのか?」


自分の勤めをきちんと果たす息子に対して遊興を勧める父親に呆れたエドワードはつい強めの口調になる。

「忙しいのは誰の所為だと思っているのですか?本来なら父上がすべき事ばかりなのですよ。

この前の嵐でうちの領地が被害に遭ったのを御存知でしょう?被害の調査と対策でやらなければならない事が山のようにあるんですよ。」

「人的被害は少なかったと聞いている。それにあの地域は貴金属の資源が豊富だし経済的にも心配はないだろう。長年自治の連携がしっかりしている街なのだから全て任せておけばいいのではないか?私はそう思う。変に口出ししてもかえってあちらも迷惑なだけだ。何かあれば嫌でも頼ってくるだろう。」

「そうは言っても、非常事態を無視するわけにはいきません。力になれる事もありますし、領地のおかれた状況を確認するのは領主として当然のことです。」

「それは立派な心掛けだな。まぁ、向こうの者もお前が視察に行ってまで対応したことに少なからず感謝しているらしいから、そのままお前の思うようにすればいい。素晴らしい御子息だとお褒めの手紙を頂いたよ。良かったな。わざわざ出向いて行った甲斐があったなぁ。で、どんないい土産を持って帰ったのだ?」

「は?」

「あそこは貴金属の加工が盛んだろう。どの店も品揃えが豊富で選び放題だ。腕のいい職人が集まって切磋琢磨しているから質も格段に高い。せっかく行ったのだから鞄の一つや二つ満杯にして返ってくるのが普通だろう。」

「買い物をしに行ったわけではないのですよ。」

「だとしても少しくらいの時間はあっただろう。良い物を手に入れることに時間をかけないなんてお前は本当につまらない男だな。」

「父上に比べれば、世の男は皆つまらない者になるのでしょうね。」

「金を落とせば僅かでも街を潤すことにもなるのだから領主としてもやるべきことなのではないか?」

「そうですね。父上はそういう意味では領主として大変相応しい振る舞いをいつもなさってますね。」


結局小言にしかならない自分の発言にエドワードは嫌気がさした。

「片付けたい書類がありますので失礼します。」

その場を立ち去ろうとする息子を父親は放っておいてはくれなかった。


「仕事に精を出して周りに気を使うのも結構だが、自分の事を疎かにしていると面白い事を見逃してしまうぞ。」

「何が言いたいのですか?」

エドワードが怪訝な顔で振り向いた。

「ルイスが今何をしているか知っているか?」

「さぁ、あいつのことだから寝ているか、夜遊びでしょう。最近は本業にやる気が起きないみたいですから。」

「そうでもないみたいだぞ。今は人物画に取り組んでいるらしい。」

「人物画、ですか。・・・・。珍しいですね。」

「見せてもらうといい。」

「言われなくてもあいつのアトリエはたまに覗きに行っています。いつかは見ることになりますよ。」

「早めに見に行った方がいいぞ。」

チャールズは言いたい事はもうないとばかりにあっさりと立ち去った。


「何が言いたいんだ・・・。」


チャールズが始終楽しそうな表情だったのが引っかかる。

だがエドワードにとって父親の言動は常日頃から理解しがたいものだった。

今からアトリエに行ってみようかと思ったが、片付けたい仕事もあったし何より父親の言うことに素直に従うのは癪に障るので気にしないことにして執務室に足を向けた。




翌日


エドワードは父がアトリエに行けと言った理由を知ることになった。



執事がエドワードが知らないある事を教えてくれたからである。

「・・・申し上げ難い事なのですが、お耳に入れておいた方がいいかと。」


その執事はラザフォード家に長年仕えている、信頼のおける人物だった。


エドワードは彼の報告を受け、直ぐ様アトリエに向かったのだった。

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