31.姉からの招待状
「グレイスお姉様、聞いて頂戴。すごくいい知らせがあるのよ。」
グレイスの自室に入って来たシャーロットは上機嫌だった。
刺繍をしていたグレイスは手を休め、妹の話に耳を傾ける。
「さっきね、ノーマン家から手紙が届いたのよ。」
「まぁ、本当?メアリーお姉様達は元気にしていらっしゃるのかしら?」
「ええ、手紙を読む限りとてもお元気そうよ。パトリックはもう歩くようになったらしいわ。」
「それはすごいわ。この前生まれたばかりと思っていたのにもう歩けるなんて。・・・でも、考えてみればパトリックも一歳になるのよね。時が過ぎるのって早いのね・・・。きっと可愛く成長しているのでしょうね。あぁなんだかとても会いたくなってきたわ。」
「会えるわよ、お姉様。」
「え?」
「久しぶりにノーマン家主催で夜会を開くらしいの。」
「夜会?」
「多分メアリーお姉様の息抜きの為の会だと思うわ。勿論私達も招待されたのよ。ブラウン家には特別に昼食会も開いてくれるらしいの。お父様もお母様もアダムまで招待されているのよ。パトリックの一歳のお祝いも兼ねているのですって。ねぇ、お姉様も参加なさるでしょう?」
メアリーの嫁ぎ先のノーマン家は屈指の名門貴族だ。主催の夜会となれば大規模なものになることは間違いがない。
グレイスは数年前の姉の結婚式を思い出す。
それは天からも祝福されているかのような快晴の日に国一番の大教会で盛大に行われた。ノーマン家の当主は才覚のある人物で顔が広い為、大勢の貴族が列席していた。グレイスはその場の煌びやかさに眩暈がして倒れそうな程だった。
今まで何度かノーマン家の夜会にはメアリーの妹として招待されていたが、気後れして全てお断りをしていた。
けれど今なら大丈夫かもしれない。
「メアリーお姉様には御無沙汰しているから、今回は私も行ってみようかしら。」
以前ほど夜会が苦手ではなくなってきたし、何よりメアリー達に会いたかった。久しぶりに家族全員が集まる機会も逃したくはない。
「あぁ良かった!これで皆が揃うわ。・・・あのね、私はウィリアムと一緒に行くつもり。メアリーお姉様に婚約者を紹介したいもの。だから・・・。」
グレイスは出来るならその先を聞きたくはなかった。
「グレイスお姉様もエドワード様と御一緒したらどうかしら?」
シャーロットはそれが素晴らしい提案だと言わんばかりに目を輝かせていた。
グレイスは思わず目を逸らす。
「・・・そうね、でもエドワード様もお忙しいでしょうし、ノーマン家は少し遠いし御迷惑になるかもしれないわ。」
「そんな事ないわよ。今までは誘われるのを待っているだけだったのでしょう?たまにはこちらから誘うのも良いと思うの。こんな機会滅多にないわ。恥ずかしがってばかりでは駄目よ、お姉様。」
「・・・。」
確かに自分が彼を誘うにはかなり勇気が必要だが、それだけが躊躇する理由ではなかった。
けれど妹を前にして真実を明かすことも上手い言い訳を思いつくことも出来ない。彼女はグレイスにとってのエドワードが、シャーロットにとってのウィリアムと同等であると信じて疑っていないのだろう。皆で参加することが最良だと思っている。
「・・・そうね、一応お誘いしてみるわ。どうなるか分からないけれど。」
シャーロットが満面の笑みを浮かべた。
「素敵!メアリーお姉様も皆に会えて喜ぶと思うわ。楽しみね。何を着て行こうかしら。一緒に相談しましょうね。私なんだか待ちきれないわ!あ、お父様達に伝えてくるわね。お邪魔してごめんなさいね、お姉様。刺繍を続けて下さいな。あら、それとても変わった模様ね。」
シャーロットはグレイスの手元のハンカチを眺めてそう言った。
白いその布の隅に刺繍をしている途中だった。
「へぇ、色遣いも変わってて面白い。でも気が遠くなりそうな細かさね。」
「その方が綺麗に仕上がるから。ゆっくり丁寧にやっているの。」
「相変わらずお上手だわ。完成がとても楽しみね。でもあまり根を詰めては駄目よ。」
そう言ってシャーロットは足取り軽く部屋を出て行った。




