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28.温室

「ここの庭園の花が見たい?でも、この屋敷で花が咲いている所なんてないよ。昔はいろいろ咲いてたけど・・・今はもう草木しか植わってない。」

「え?・・・で、でも、前にエドワード様からここの花を頂いたことがあるんです。御自分の庭園で咲いていたものだと確かにおっしゃってました。どの花も色も形もとても変わっていて、見たことのない珍しい花でした。この奥様の周りに描かれているのと同じで。」


そう言われてルイスは肖像画達をもう一度観る。

印象的だった人物を取り囲む濃い色の群れをじっくり眺めてみた。

「あ、この周りの派手な部分って花なのか。へぇ・・・変わった形してるなぁ・・。

・・・・・。あっ、そうか、温室だ。温室があった。あそこで派手な花育ててるんだった。・・・そうかこれ温室と同じ花なのか・・・。ごめん、俺嘘付いてた。きっと温室に咲いてる花があるよ。見にいけるよ。最近行ってなかったから存在をすっかり忘れてたよ。」

「温室があるんですか?すごい。」

「うん。でも然程広くないし、あんまり見応えないと思うけど。」

「あ・・・花がたくさん観たいわけじゃないんです。観察が出来ればいいです。」

「観察?」

「・・・はい、図案の参考にしたいんです。・・・・私、刺繍が趣味なんですけれど・・・・この絵と同じ花で刺繍をしてみたくなって・・・。」

「刺繍?へぇ。グレイスは上手そうだ。変わった形の花だから面白いのが出来るかもしれないね。」

「はい。温室には入れますでしょうか?」

「うーん。入る事自体は大丈夫だと思うけど、この状況がなぁ・・・。俺、怒られるんだろうなぁ。」

「えっ、あの、何か問題があるなら・・・無理にとは・・・。」

「うーん。ま、いっか。」

「でも」

「怒られても気にしない気にしない。別にそんな悪い事してるわけじゃないし。」

不安そうなグレイスにはお構い無しにルイスは軽い足取りで温室へ向かった。



◇◇◇



その温室は敷地内の片隅にひっそりと佇んでいた。造りは立派であったが、屋敷や庭園の大きさに比べると随分とこじんまりとしていて目立ちにくかった。存在を忘れられてしまうのも無理はないのかもしれない。


ここに来る途中にルイスは温室の鍵を開けて貰わなければいけないからと庭師を呼んできた。

その庭師は優しそうな中年らしき男性だった。

グレイスが挨拶の後名を名乗ると、彼は一瞬驚いた顔をしてすぐにキッと隣のルイスの顔を睨んだ。

それを無視してルイスはグレイスに説明してくれる。

「そんなちゃんと自己紹介なんてしなくていいよ。この人は俺の父親。ここの庭師やってるって言っただろう?温室の管理をしてる人。」

そう言われて改めで並んだ二人を見比べてみると、顔の作りがよく似ていることが分かる。


男性は何かを諦めたかのように肩を落としてため息をついた。

突然グレイスに向かってにっこりと笑いかけ「庭師のロバートと申します。よろしくお願い致します。」と丁寧にお辞儀をした。

「グレイス様、不躾な息子で本当に申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしているみたいでもう何と申し上げたらよいのか・・・。」ロバートは更に深く頭を下げる。

「・・・い、いいえ、ルイス様には親切にして頂いて感謝しております。」

それはグレイスが今日一日本当に感じている事だった。

「本当にそうであればいいのですが・・・。」


ロバートが鍵を出し温室の扉を開けてくれた。

今更ながら鍵まで付いている場所に入って大丈夫かと思って少し躊躇していると

「構いませんよ。ここの管理は私が当主より一切任されております。枯らさない限り自由にしていいと言われておりますので、安心してお入り下さい。」と優しく促してくれた。

確かにルイスの父親だなと思う。人懐っこそうな雰囲気がとても親しみやすい。


グレイスは恐る恐る一歩づつ足を踏み入れた。

中に入り辺りを見渡すと確かにあまり広くはなかったが、それはそれは華やかな世界が広がっていた。

思ったよりもずっと暖かく、湿度も高い。まるで季節が変わったようだった。


最後にルイスが中に入った。

「うわぁ。やっぱりここは派手だなぁ。」

大きな声が温室全体に響く。


目の前には色が溢れていた。

グレイスが普段見慣れている花といったら、足元の方で小さく咲いているものばかりだ。その温室の花はグレイスの腰から胸元辺りまで伸びている。赤や黄色、紫など原色のはっきりとした色の花ばかりだった。五種類ほどの花がそれぞれまとまって咲いていたが、どの種類も一つ一つの花弁がとても大きく、形も個性的で存在感がある。蕾のものも多く、確かに咲いている花の本数は少ないが、見応えが無いわけではなかった。

屋根も壁も所々が硝子張りになっているので、温室全体に太陽の光が射していた。光の中で花々が眩しい程に輝きを放っている。どの花も生き生きとしていて、力強い。


「エドワードから花を貰ったのって、見舞いの時だろう?」

「・・はい。御存知ですか?」

「御存知も何も、あの時花持って行けって助言したのは俺だもの。見舞いに行くなら手ぶらじゃ駄目だ、花束の一つくらい持ってかないとって言ったんだ。あいつこの時期に花なんてどこにも咲いてないって反論してたのから別の物を持って行ったんだと思ってた。でも、そうか、ここの花を持って行ったんだな。」


ロバートが丁寧に説明してくれる。

「今の時期は都にでも行かない限りまともな花は揃えられませんからね。かなりの時間がかかります。

その点ここは年中咲くように調整しておりますのですぐに御用意できるんですよ。エドワード様はきっと早くお見舞いに伺わなくてはと思われたのでしょうね。この温室の花を切り花にすることは滅多にないのですが、特別にご用意させて頂きました。」


「予想外だなぁ・・・。」

ルイスが不思議そうに言ったのでグレイスは気になった。

「何がですか?」

「あ、うん、えっと、この温室の花は親父さん・・・いやチャールズ様の趣味なんだ。エドワードとチャールズ様の好みは対照的だからさ。エドワードがまさかここの花を持って行くとは思わなくってさ。切羽詰まってたんだろうね。あははは。」

ロバートが割り込むように言う。

「お前はまたいい加減な事ばかり言って・・・。」

「何だよ、間違ってはいないだろう。チャールズ様はこの温室に入り浸ってるって聞いたことあるよ。」

「さっきからその口の利き方はなんだ。気を付けろと何度も言っているだろう。」

「敬意は込めてるんだからいいんだよ。」

「いいわけがあるか。」

「それ相応の時はちゃんとするし大丈夫だって。」

平気な顔で言う息子を見て、ロバートがまた肩を落としてため息をついた。


言い合ってはいるが、かえって親子の仲の良さを表しているように思える。


グレイスは思っていたことを自然と口にしていた。

「・・・でも、奥様もお好きな花なんですよね?」


ロバートはそれを聞いて、突然グレイスの方に顔を向けた。

「・・・どうして・・・どうしてそうお思いになられたのですか?」

驚いている様子だった。

何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。

不安になったグレイスがすぐに返答出来ずにいると、ルイスが時間稼ぎのための助け船を出してくれた。

「チャールズ様のあの部屋に奥様の肖像画が飾ってあるの親父知ってた?それさっき観て来たんだよ。ね、グレイス。」

「・・・ええ、奥様の肖像画に何枚もここの花が描かれていましたから。とても・・・とても嬉しそうに、幸せそうに微笑んでらっしゃるので、大好きな花なんだろうなって・・・。何となくなんですがそう思ったんです・・。」


そして自分がなぜすぐにこれが花だと分かったのか不思議だった。この花を自分はどこかで見たことがある気がする。それで気が付いたのだ、エドワードが持って来てくれた珍しい花束が同じ色と形をしていた事を。


「でも、奥様の好きな花ってそこら辺に咲いてる花とか、昔ここで育ててたような普通の花だと思ってたけどな・・・。」

「また適当なことを。」ロバートは呆れていた。

「何だよ。俺の記憶ではそうなんだから仕方ないだろう。」



グレイスはよく覚えておこうと角度や向きを変えて花を観察した。

「何だったら、持って帰ったらいいんじゃなかな。実物があれば図案を作りやすいだろう?

親父、彼女刺繍が趣味なんだって。ここの花を刺繍で表現してみたいらしいよ。参考の為に少しなら別に構わないだろう?」

「グレイス様にならいいと思いますよ。」

ルイスとロバートがそう言ってくれたが、グレイスはすぐに断った。

「それは勿体無いです。きっとすぐに枯らしてしまいます。前もそうでした。侍女がちゃんと生けてくれたんですが、一日しか持たなかったんです。」


ロバートがそれを聞き申し訳なさそうな顔をした。

「あぁ、そうでしたか。かえって悪いことをしてしまったようですね。ここの花はあまり切り花には向いていないんです。寒い時期には特に弱いんです。上手くいけば二、三日は持つかと思ってご用意したのですが・・・。」

「いいえ、頂けただけで嬉しかったですから。」


「少しくらいならいいんじゃない?遠慮しないでさ。」

ルイスが言った。

「お気遣いどうも有難うございます。でも枯れるのが分かっているのに切るのは可哀相です。こんなに立派に咲いているのにそんなことは出来ません。」

「そっか。・・・・じゃあ、デッサンしたらどうかな。描くのも好きだって前に言ってたよね?だったら絵に残しておいた方が記憶に残るし、参考にし易いだろう?俺も手伝うよ。ここで待ってて、すぐに何か描くもの持ってくるからさ。」

「え?そんな、いいんでしょうか?」

グレイスの返事を待たずに、ルイスは温室を出て行った。



温室にロバートと二人きりになる。


「・・・本当にどの花も珍しいものばかりですね、花には詳しい方だと思っておりましたが、知らずにいた花ばかりです。」

「それは当然でございますよ。ここの花は全て遠い南の国のものですので。」

「あぁ、やっぱり異国の花だったんですね。この辺では見かけないものばかりですもの。」

「気候の違いのせいでこの地では全く育ちませんが、南の地域ではどれも普通に咲いている花だそうですよ。この場所に温室が建っているのは日当たりを考えての事なんです。ここの中は温度や湿度、土などは全て南の地域と同じになるように調整しているのでやっと咲くことが出来るんです。」

「異国の花の管理は大変でしょうに、ここまで綺麗に咲かせるなんて御苦労があったんでしょうね。」

「ええ。その通りです。最初は・・もう何十年も前の事ですが、なかなか根付かなくて苦労しました。こんな風に咲かせるまで十年はかかったでしょうか。諦めそうにもなったんですが・・・。」

ロバートが口籠った。


「先程の話ですが・・・こんなことを私が申し上げていいものかどうか分かりませんが・・・グレイス様のおっしゃられた通りでございますよ。」

「え?」

「この温室の花はどれも亡くなられた奥様、エドワード様のお母上が大変お好きだった花でございます。」

「まぁ、やっぱりそうなのですね。」

「はい。だからこの温室は建てられたのです。奥様に花を見て頂く為だけに。奥様には私共もとても良くして頂いたものですから恩返しのつもりで花を育てました。結局まともに花が咲くようになった頃にはもう・・御病状が・・・・。でも初めて咲いた花はお見せすることが出来たんですよ、あの時の奥様の喜んだ顔は忘れられません。」

「本当にお好きな花だったんですね・・・。」


「彼女の生まれ故郷の花だからな。」

温室の入口からエドワードの声がしてグレイスは混乱した。

ロバートがはっとした表情で声の主を見た後、軽く頭を下げる。


振り向くとそこにはエドワードの父親、チャールズが立っていた。




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