27.もうひとつの肖像画
最後にこの部屋に入ったのはいつだっただろうか。
ここにどんな物が置いてあったのかもあまり思い出せない。部屋全体がやたら煌びやかでギラギラしていたという印象しか残っていなかった。
今、久しぶりにここに足を踏み入れてルイスが最初に思ったことは、やはりチャールズ様とは趣味が合わないな、ということだった。
以前よりも品が増えている所為もあってか、記憶の中よりも一層派手な世界が待っていた。一つ一つの作品の主張が激しくてどこから観ればいいのかよく分からない。
視界が混乱してどこに焦点を合わそうかと迷っていると、グレイスが後から入って来た。
彼女がもう一度観たい作品はどれなのだろう。それが気になって彼女の行動を目で追っていた。
グレイスは四方の壁や中央に目一杯飾られた美術品や調度品には目もくれず、部屋の奥へ奥へと真直ぐに突き進んでいく。
本当にこの部屋に観たいものがあるのだろうかと疑問が湧いてきた時、部屋の一番奥の隅まで辿り着いたグレイスはそこで立ち止まった。
じっと無言で壁を見ている。そこにお目当ての作品があるのだろう。
その一画だけ周囲より壁が窪んでいて、ルイスが立っていた所からは何を見ているのかよく分からない。
ルイスはグレイスに近付いていき、背後から彼女の視線の先を覗き見た。
そこには他とは区切られたような空間があり、壁には大小の絵が何枚も飾られていた。
それらは全て同一人物の肖像画だった。
見覚えのある美しい人がそこにいた。
思わず息を呑む。
「・・・これ・・・・全部奥様の絵じゃないか。」
「・・・やっぱり・・そうですよね。」
グレイスが納得したように言った。
ルイスは驚きを隠せなかった。
「・・・・知らなかった。奥様の絵がまだこんなに沢山あるなんて・・・・。」
どれもこれも初めて見る絵ばかりだった。
「・・・これが・・・グレイスはこれが観たかったの?」
「・・・はい。以前ここに来た時は・・・その、あまり時間が無くて遠目にチラッと観ただけなんです。なのにとても印象深くて忘れられなくて、もう一度観てみたいと思っていたんです。改めてちゃんと観て、よく分かりました。やっぱりどれも・・・」
「すごくいい絵だよね。」
感じたことは同じだと思ったルイスがグレイスの台詞を奪って言った。
「はい。どれも・・・すごく幸せそうです。」
「うん。」
奥様がこちらを向いて笑っている。希望と喜びを凝縮したような笑顔が胸を打つ。
しばらく目が離せなかった。この惹きつける強い力は一体何なのか。
正直に言うとこの絵には奇怪さもあって困惑する。背景の色遣いが大胆で原色が多く、まるで異世界の中にいるようにも見えたのだ。けれどかえってそれが彼女の美しさを引き立てていて、生き生きとした表情に更に明るさを加えていた。
とにかくこの肖像画達が、この部屋に置かれている作品の中で群を抜いて魅力的であることは間違いがなかった。
じっくりとそれぞれの絵を眺める。
どれもよく見ると顔が少しだけ若い。ルイスがまだ知らない時期の奥様なのだろう。
絵の中の彼女は、記憶の中にいる彼女の印象とかなり違っていた。
ルイスの心の中の彼女はふっと消えてしまいそうな儚い印象だった。それはつい先程隣の小部屋で見た肖像画に描かれた姿そのものだ。あの絵は確かエドワードが生まれた時期に著名な画家に描かせたものと聞いている。
対照的に目の前の彼女はとても溌剌として、生命力に満ち溢れている。
透き通るように真っ白だった肌はどこにもない。少し焼けたような健康的な肌が彼女を包んでいた。
「こんな素敵な絵がまた観れて本当に良かったです。連れてきて下さって有難うございました。」
「こちらこそお礼を言わないと行けないよ。いいものを見つける事が出来た。」
「本当に御存知なかったのですか?」
「うん。ずっとこの屋敷に住んでいるのに抜けてるよね、本当に。グレイスはすごいよ。よく気が付いたね。」
「すごくはないですよ。身近にいる分気付きにくい事ってあるでしょうから・・・。」
「そうかもしれないけど・・・。」
すると何かに気が付いたようなグレイスが「あ。」と小さく声を上げた。
また食い入るように肖像画を覗きこんでいる。触ろうとする勢いで手を伸ばし、ギリギリのところで停止させ、空中で絵の端をなぞった。
「これ・・・この花・・・」
「え?」
よく聞き取れなったルイスにグレイスが突然願いを口にした。
「・・・私、ここの庭園の花が見たいです。」




