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26.花と肖像画

グレイスがもう一度見たいと言った場所は、チャールズの蒐集品を所蔵している部屋だった。


ルイスは意外に思った。

彼女はルイスの作品だどれも大好きだと何度も言ってくれていたので、てっきり自分の絵が多く飾られてある部屋に行きたがると思っていたからだ。

エドワードもルイスの描く絵はどれもお気に入りで、絵に関してだけは素直に褒めてくれる。

グレイスはエドワードと趣味が似ているのだと勝手に思っていたがそう単純な話ではないらしい。

エドワードはあの部屋の趣味が理解できないと言う。その言葉にはいつも‘嫌いだ’という意味が滲みでていた。

ルイスも本音を言うとあの部屋は苦手だった。チャールズの集める美術品にはあまり惹かれない。チャールズの審美眼は信用しているし、置かれている作品たちに価値を認められないわけではない。心を揺さぶるようなものが見当たらないだけだ。

だからルイスがあの部屋をゆっくり鑑賞したことは一度もない。

それはきっとエドワードも同じだろうと思う。


とはいっても、あの部屋に入りたくないわけではなかった。エドワードは無闇に毛嫌いしているようだが、ルイスはグレイスが望むなら案内する気は十分にあった。たまに覗いてみるのもいいだろう。


それほど遠い場所ではない。アトリエを出て部屋に向かおうとしたら、ルイスの後に付いてきたグレイスが不安そうに尋ねた。


「・・・あの、本当に・・・エドワード様が不在の時に・・勝手に歩きまわってもいいのでしょうか?」

「いいに決まってるって。別にそんなに気にしなくてもいいと思うよ。この屋敷は見せる為にあるようなものだし。たまに見学の為に一般に開放しているくらいなんだよ。」


ラザフォードは屋敷を見学させることについてはとても寛容だ。それがこの家の伝統だった。

元々は権力と財力を広く誇示する為だったらしい。今ではほとんど美術館のような役割になっている。当然屋敷の者が案内人として必ず同行するが、申し込めば敷地内はほぼ全ての場所が見学可能だった。


そう教えるとグレイスは安心したようだった。

「寝室に行ったって大丈夫なんじゃないかな。エドワードの寝室でも覗いてみる?」

そう言って振り返ると、グレイスは首を横にぶんぶんと振りながらとんでもないという顔をしていた。

ルイスはある程度本気で提案したのだが、彼女ははっきりと拒絶している。また落ち込まれても困るし、これからいくらでも行くことになるだろうからいいかと思い直し足を進めた。



目的の部屋は二階にある。

階段に差し掛かったので、ルイスはグレイスの前に手を差し出した。

彼女はにこっと微笑み「お気遣いありがとうございます。でも、一人でも大丈夫です。」と丁寧に断った後、手すりに掴まりながら一歩一歩ゆっくりと上っていった。


ルイスの頭の中には、彼女を抱き上げて運んであげるという考えが一瞬過ぎった。そうすれば速いし面白そうだ。が、絶対に嫌がられるのは目に見えているし、それより自力で階段を上がる彼女に対して失礼になるのですぐに諦めた。


先に上がってグレイスを少し待つ間、ルイスはこの階段を使うのも久しぶりだなと感じていた。

屋敷内のどこを勝手にうろついても文句は言われない立場にはなっていたが、結局はアトリエや食堂や図書室など、決まった場所の往復だった。あまりにも広過ぎるのでほとんど入らない部屋も多くある。


子供の頃はこの階段をよく上っていた。

大好きな絵が飾ってある部屋への階段だったからだ。最近は随分と御無沙汰している。ルイスは時の流れを感じていた。


階段を過ぎ、ルイスは小部屋の扉を開けた。チャールズの蒐集品の部屋は、その小部屋と繋がっている。そこを通った方が近道になるのだ。

小部屋に入り、久しぶりに大好きな絵と対面した彼は無意識に立ち止まっていた。

目の前の壁には、懐かしい人の絵が飾られている。


(あぁ、相変わらず綺麗な人だ・・・。)


気付くとすぐ傍でグレイスもその絵を眺めていた。


「この人が誰か知っている?」

「はい。彼のお母様ですよね。」

「そう。エドワードから聞いてるよね。・・・・綺麗な人だろ?」

「はい。とても。」

「・・とても同じ人間だとは思えなかったよ。見た目だけじゃなく全てが綺麗な人だったんだ。・・・・大好きだった。」


ルイスもグレイスもじっと絵を見つめた。


「・・・佳人は長生きしないってよく言うだろう?・・俺、迷信とかの類いは信じてないけど、奥さまが亡くなった時は、本当にその通りなんだなって思ったよ。・・・きっと我が儘な神様が手元に置きたくて連れていっちゃったんだって。」


あの時はなぜだか悔しくて堪らなかったことを思い出す。


「・・・花がお好きだったんですよね?」

何か言わなくてはと思ったのか、グレイスがルイスにそう尋ねた。


「うん。とても好きだったと思うよ。昔はここの庭園で花をいっぱい育ててたから、この部屋にもよく花を飾ってた。・・・なんとなくだけど覚えてるよ。この部屋は屋敷の中でも一番日当たりが良くて窓も多いから奥様のお気に入りの場所だったんだ。

・・・・・だからここには奥様の絵と花の絵だけが飾ってあるんだよ。」


ルイスは隣にいるグレイスの顔を見て言った。


「ここの絵はね、全部あいつが・・エドワードが飾ったものなんだよ。最初は奥様の絵だけだったんだけど、それだけじゃ寂しいからって言って花の絵も置き始めた。奥様が好きそうな花の絵を見つけた時にはここに飾るようになったんだ。」


グレイスは胸の前で両手をぎゅっと重ねてルイスを見ていた。


「俺の描いた絵もあるんだよ。ほら、あの絵。」


指差して教えるとグレイスが素敵だと褒めてくれた。彼女も好きな花だったらしい。



ルイスはその部屋全体をじっくり見渡した後、グレイスに視線を戻した。


「・・・グレイス・・・あのさ・・・分かってると思うけど・・・エドワードはあれでかなり寂しがり屋だから、大事にしてやってね。」


「・・・・・」

グレイスは少しだけはにかみながら目線を落とした。


「あー、なんか感傷的になっちゃたね。ごめん。ここにくるの久しぶりだったもんだからさ。

グレイスが見たいのは隣だったよね。行こうか。」


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