25.品定め
グレイスは手にしたグラスをじっと見つめながら俯いている。
ルイスは少し反省した。
(からかい過ぎたのかな。)
大したことを言ったつもりはないのだが、彼女には耐え難いものだったようだ。
(こんな感じでこの娘はラザフォード家でやっていけるのか?)
エドワードをよく知るルイスの見立てでは目の前でずっと俯いたまま座る女性はこの屋敷の未来の女主人の筆頭候補だ。エドワードの口からそういうことは一切聞いてないが、彼の態度から察するにそれは明らかだった。どうやら少し間怠い手法を取っているようなので彼女がここに住むのはかなり先のことになるかもしれないが、その可能性は今までエドワードの傍にいたことのあるどの女性よりも格段に高いと思う。
彼女の様子を眺めているとルイスは他人事ながら今後のことが心配になった。
あまり我を張らず、何かしら戸惑うことの多い彼女のことを、控えめだとか奥床しいと言えば聞こえはいいが、消極的で脆いと言うこともできる。だからといってルイスが苦手な、所謂ただの“か弱いお嬢様”と決めつけて厭う気には少しもなれなかった。
ちょっとしたことで壊れてしまいそうにも見えるが、何をしても受け止めてもらえるような不思議な包容力を彼女から感じることができる。その所為で今日は話さなくてもいい事をついベラベラとしゃべってしまったような気がする。本当は彼女からエドワードとのことをアレコレと聞きだすつもりだったのに。
(エドワードは一体どこから見つけて来たんだろう?)
彼女はあまり見かけないタイプだった。
ルイスは息抜きと称して社交界には頻繁に顔を出していた。彼は庶民の出ではあったが、ラザフォード家の後ろ盾があったし、人付き合いもかなり上手く身綺麗にさえしていれば見た目もそう悪くないので難なく貴族の集まりに潜り込むことができた。かなり若い頃から画家としての知名度もあったので夜会等に出掛ければ毛色の違った文化人としてもて囃されることも多い。様々な自分の利点を器用に駆使して楽しんできた彼は、その分多くの貴族を見てきたのでその生態を熟知しているつもりだった。
控えめで大人しい女性も沢山見てきたが、グレイスのような女性は初めてだ。
なのにエドワードはグレイスを探し出してきた。
(日頃女には興味無さそうな振りをして、ちゃんと網を張っていたんだな。相変わらず抜け目のない奴だ。)
ルイスはなんとなく悔しい気持ちになった。
エドワードは身分も容姿も嫌味になるくらいに恵まれているので、人を惹き付ける力はとても強かった。時にはまるで砂糖を見つけた蟻の様に御令嬢方が群がることもあったので、傍で見ているルイスは男として羨ましいを通り越して唖然とすることが多い。
だが勿体無いことに当の本人はそういうことに関してはかなり冷めていた。
この点に関して考えるとルイスはチャールズとエドワードが本当に親子なのかと疑いたくなる。父親のチャールズは同じ様に恵まれた身分と容姿を存分に発揮してかつて数々の美女と浮名を流したという。
元々エドワードは大抵のことに冷静で、落ち着き払っている。それは男女の関係についてもそれは崩れず、稀に度が過ぎて無愛想にさえ思える時もあった。ルイスからすればいくら顔が良いからといってもそんな男は近寄りがたいしつまらなくて嫌だろうと思う。実際その氷の態度によって脱落していった御令嬢もかなりいたが、逆にそれがいいという奇特な女性も驚くほど大勢いて、その内の何人かはエドワードの相手になっていた。といってもその付き合いは単に貴族の嗜みとしてであって、ルイスの目には感情的な色恋とは無縁のものにしか映らなかった。エドワードのお相手は皆揃いも揃って後腐れのない一時的な付き合いが出来る女性ばかりだった。
そうはいってもエドワードは名家の後継ぎだ。独身でいられる期限の終わりが近い。貴族の嫡男としての宿命で婚姻は免れない。本人もそれは十分分かっているだろう。どうせそつなく無難な花嫁をどこかから見つけてきてくるのだろうな、そうルイスは思っていた。
だからエドワードにも積極的になるような相手ができたらしいという話にルイスは軽い衝撃を受けた。
その女性をラザフォード家にわざわざ招き、屋敷内を懇切丁寧に案内して回っていると聞きつけた時は急いで様子を窺いに走った。そして二人が語り合う姿を目にして更に衝撃を受けた。
(・・・なんだあの顔・・・。)
エドワードは今までに見たことのない柔和な表情をしていた。
瞬間自分にとってこれは滅多にない好機だと思った。
エドワードは昔から感情に左右されることが分別のないことだと考えている節があった。だからルイスが恋愛事に浮かれていたり一喜一憂していると、エドワードは遠回しに小馬鹿にしたり説教してきた。それを忘れてはいない。この機会に仕返しをしなくてはいけない。お前だって浮かれているではないかと言い返す絶好の機会がついにやってきた。思う存分茶化さなくてはいけない。
同時に色恋沙汰に淡白な男が入れ込む御令嬢とはどんなものかと探りたくなってきたので無理矢理連れ出すことにした。
こうやって会って話すことに成功したものの、正直に言って彼女の何が素晴らしいのかはまだよく分からない。
グレイスはまだ打ちひしがれているようだった。
多分もう満腹になっているだろうに、食卓に残っているデザートに手をつけてはちょっとづつ食べている。残しては悪いと思っているのか、手持無沙汰なのか。
(うーん・・・。)
今日一日でグレイスの外見はじっくりと観察できた。
エドワードが女性に対して身分や容姿を取り立てて気にする男ではないことはよく分かっている。
グレイスはようやくデザードを食べ終え、ほっとした顔になった。やはり残しては悪いと思っていたらしい。
(ふーん・・・。)
半ば冗談で彼女の自画像を描き始めたのだが、どういうわけか筆は思いの外動いてくれた。スケッチ程度で済ませるつもりが気が付けばパレットを手にしていた。グレイスは最近停滞気味だった絵描きのやる気を引き出してくれたのだ。
ルイスは理屈抜きで自分が彼女をとても気に入っているのだと感じていた。
(・・・・・・・・うん、いいじゃないか。合格。)
彼は自分の中で彼女に太鼓判を捺した。
彼はエドワードという人物は欲しいものを取り逃がすような愚鈍な男ではないこともよく知っている。
(これでラザフォード家の未来も安泰だな。)
一人納得したルイスは、とりあえずこの屋敷の未来の女主人に機嫌を取っておこうと思った。
「で、これからどうしたい?このまま帰るなら送っていくよ。けど、もしまた屋敷の中を見学したかったらどこでも案内するよ。一回見ただけじゃ物足りないだろう?」
そう提案すると、グレイスはやっと顔を上げてくれた。




