16.別れの挨拶
「さぁ着きましたよ。」
ブラウン家の玄関前に馬車が着くと、エドワードは先に降り、グレイスを降ろそうと手を伸ばした。
「あの、ええと。一人でも降りれますので。」
エドワードはグレイスの気まずそうな顔を見てある事に気付いた。
背後から大勢の人の視線を感じる。彼が振り返り玄関の方を見ると、いくつもの人影らしきものがさっと隠れる。一見したところでは玄関の前には出迎えの者が一人立っていただけだった。しかしよく見ると窓や扉の隙間からブラウン家の人々がこちら覗いていた。この家のグレイスに対する関心度の高さに、エドワードは思わず吹き出してしまう。
ラザフォード家の馬車は大きい分とても地面から高い。足の悪いグレイスには降り難いだろうと前回と同じように抱き上げて降ろそうとしたのだが、見知った観衆の前でグレイスが恥ずかしがっているようなので諦める。代わりにしっかりと手で支え降りるのを手伝った。
グレイスが地面に足をつき、ちゃんと立っているのを確かめた後、馬車に戻りお土産の籠を持って来て渡す。
「こんなに沢山すみません。弟にまで気を遣って頂いて。」
出掛ける時にアダムがねだっていたお菓子を用意しておいたのだった。
「うちの菓子職人の腕はなかなかものですよ。あなたも是非食べてみて下さいね。」
籠を受け取った瞬間、アダムが家から飛び出してきて、「ありがとう!エドワード!」と籠を抱きしめて喜んだ。
「この子は・・もう。」グレイスがため息をついた。
「では、また迎えに来ますので。失礼します。」
「え?エドワードまた来るの?」とアダムが聞く。
「ええ、すぐ来ますよ。」
じっくりと見ていたせいか、ラザフォード家の全ての美術品を見ることが出来なかったので、また後日に行くことになったのだった。
アダムが「やった。」と喜んでいる。またお菓子が貰えると勘違いしているようだった。
エドワードはどこに隠れているか分からないが、壁の向こうにいるであろうグレイスの家族達に向かって一応軽く会釈をしてそのまま立ち去ろうとした。
が、グレイスを見ると先程からずっとどきまぎしている。ほぼ二人きりであるという事と、こちらに向けられている多数の視線の所為だ。その姿が可愛らしかったので、ふと悪戯心が湧いてきた。恋人役を引き受けたのだし、そんなに遠慮することも無いだろう思い、グレイスに近づき抱き寄せ、彼女の額にそっと唇で触れた。
すると家の方から「おおー」という歓声が上がる。
お菓子に夢中だったアダムが「え?何?何かあったの?」ときょろきょろと辺りを見回していた。
グレイスが固まっている。思った通りの反応だった。少し可哀相だったかなと思ったが、これくらいは許容範囲だろうと勝手に解釈をしてエドワードはその場を立ち去った。




