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15.訪問

「グーレーイースー。エドワードが来たよー。」


家中に響き渡る大声でアダムはエドワードの来訪を告げてくれた。

迎えの馬車を待っていたグレイスは急いで玄関まで歩いて行く。



◇◇◇



馬車に乗り込んだグレイスはエドワードと向かい合い座っていた。


「本当に弟が失礼な事ばかり言って申し訳ありません。」


グレイスは先程アダムが「ねぇねぇエドワード、お菓子持ってる?」と言った事を詫びた。

彼が「今は持っていませんが、家にはそこそこありますよ。」と返すと「グレイス!いっぱい貰って帰ってきてね!」と笑顔で言った。その瞬間シャーロットの指示でアダムは侍女に口を押さえられていた。


「おもしろい弟さんですね。」


この場合そう言うしかないだろう。

家族全員で躾けているのになかなか弟には通用しない。名を呼ぶ時も敬称をつけるようにと何度も言っているのに呼び捨てる事が多い。彼はいつも自由だ。


「・・あの・・家の者も・・・その・・不躾な態度で申し訳ありませんでした。」


今朝は家中の者が玄関に集まっていた。

迎えがあるとは前もって聞いていたが、まさか本人が来てくれるとは思っていなかったのでグレイスも油断していた。

噂の人物がやってきたと聞いて、皆がぞろぞろとやってきて見世物を見るようにエドワードを眺める。

恥ずかしいやら申し訳ないやらで居たたまれなかった。

逆の立場だったら逃げ出しているかもしれない。


「いや、別に嫌な気はしなかったですよ。あなたが人気者であることはよく分かりました。あれだけ注目されたら恋人役もやり甲斐があるというものです。」


笑って言ってくれてほっとする。


「なんだか・・みんな・・勝手に盛り上がってしまっていて・・」


数日前の夜会でエドワードに送ってもらったのも悪かった。

馬車を降りる時、彼はグレイスをさっと抱き上げて降ろしてくれた。その時家の方から「おおー」という声が聞こえてきた。はっとして家の方をみると玄関側の部屋の明かりが全部点いていて、皆がこちらを窓越しに覗いていた。

彼の姿と素性が明らかになると‘いい人’を見つけたと盛り上がっていた。メイドのリラなどは「グレイスお嬢様、流石です。」と褒めてくれた。「エドワード」は今やブラウン家では流行りの言葉だ。弟が馴れ馴れしく話しかけたのもそのせいだろう。

家に招待されたと知ると、更に騒ぎだした。埋もれていた次女の恋の花を咲かす為に皆が張り切っていた。新しい香水や入浴剤を使ってくれるし、当日の服選びも入念で、髪も一番髪結いが得意なリラが念入りに結い上げてくれた。肌に良いとされているものばかりが食卓にあがり、料理長が「昼間に会うということは何もかもが明るみにでるということでございます、お嬢様。」と力説してきた時には驚いた。


「こ・・恋人だとか、そういったことは一言も言ってないんですけれど・・・みんな相手が出来たと喜んでいるみたいです。妹だけじゃなくて、両親も使用人達も・・・。・・・思ってもみなかった事ですが、・・正直嬉しいです。有難うございます。エドワード様のおかげです。」


グレイスは思い切って顔をあげエドワードをまっすぐ見つめながら精一杯の気持ちを込めて感謝の言葉を口にした。


「お役に立てたみたいで何よりです。」


エドワードが満足そうな笑顔で答えてくれたのでグレイスは何ともいえない気持ちになった。



◇◇◇



しばらくすると、ラザフォード家の屋敷が見えてきた。


前回の夕暮れ時の影絵のような雰囲気も良かったが、明るい日差しの下で眺めるとまた違った趣がある。薄いブルーの空や白い雲、木々や丘の緑に囲まれた大邸宅は景色に溶け込んでいた。


「いい天気でよかった。」


太陽の光が燦々と降りそそいでいた。


屋敷につくと、グレイスはまた圧倒された。

日の光の下で眺めると意匠を凝らした細部までがはっきりと見えて感動が倍増だった。

真っ先に気に入っていた風景画の広間に案内してもらう。すべての物がはっきりと見え、薄暗い中ではいまいちよく分からなかった本来の色合いがよく伝わってきた。色彩が溢れている。

その部屋に立つだけでうっとりとしてしまう。


(またこの場所に来ることが出来るなんて・・・。)


感激で胸がいっぱいだった。

エドワードが丁寧に絵の説明をしてくれるので、前よりもずっと楽しめた。階段などは手を差し伸べてくれるので安心だ。

幸せな時間が過ぎていった。


改めて見てもラザフォード家の美術品の数は多かった。一日あっても見れないという噂はあながち嘘とは言いきれなかった。

エドワードは全てを見せてくれようとしているようで、どの部屋にも入らせてくれる。次々と案内されるうちに屋敷の奥の方まで来てしまっていた。

そこには小部屋があった。様々な花の絵がたくさん飾られていて、その中に一枚だけ肖像画があった。

とても美しい女性の絵だった。グレイスはあれ?と思う。

それに気付いたかのように、エドワードが言った。


「母です。」


通りで目元が似ている。穏やかな笑顔も。濃い栗色の髪も。


今日会うことはあるのだろうか?屋敷内を歩いてまわっていたので、グレイスは内心誰かに会ってしまったらどうしようとびくびくしていた。今のところラザフォード家の方とは誰ともお会いしていないのでほっとしていた。こんな広大な屋敷では会うこともないのかもしれない。


「とてもお綺麗な方なんですね。」


「かなり前の絵なんです。・・・子供のころに病気で亡くなりました。」


エドワードは絵の中の母親を見つめながら言った。グレイスは何も言えなかった。ただ同じ様に絵を見つめるしかできない。

少しの間沈黙が流れ「とても優しそうな方ですね。・・・あなたと同じで。」と呟くと

「ええ、なんとなく優しかったのは覚えています。体が弱かったので床についている事が多くて話す機会はあまりなかったんですがね。」

とエドワードは懐かしそうな顔になる。


その部屋は他に比べて窓が多く、その分たくさんの光が注ぎ込まれていた。

色とりどりの花々の絵と溢れる光の中で、肖像画の彼女は微笑んでいる。


「・・・まるで・・お花畑にいるようですね。」


ふと思った事を口にすると、エドワードはがこちらを見て少し笑った。


「母はとても花が好きだったんですよ。」


暖かな空気が流れ二人は静かに微笑み合う。



壁伝いに絵を眺めていくと、隣にも部屋があることに気付いた。今までどの部屋も全て見せてくれていたのでつい入りそうになったが、やはり勝手に入るわけにはいかない。エドワードを見ると少し気まずそうな顔をしたので躊躇っていると「どうぞ、入って下さい。」と促された。

グレイスは少し不安になりながら足を踏み入れた。


その部屋は今まで見たどの部屋とも雰囲気が違っていた。

先程の部屋よりもかなり大きく、絵画だけでなく彫刻や彫像、調度品も所狭しと並べられていた。

なんというか・・・豪華な部屋だった。

色彩が鮮やかなもの、艶やかさや輝きを誇張したものが多い。宝石が埋め込まれた物もあった。所々に金色や銀色に輝いているものが見える。絵画も華やかではっきりと描かれたものばかりだった。

どこを見てもなんだかキラキラとしていて眩しい感じがした。


「派手な部屋でしょう?」


グレイスは思っていた事を言われ、ゆっくりと頷いた。


「父の趣味で集めたものなんですよ。こうゆうものが好きでね。本人は「美の追求」と言っています。どうも僕とは美の定義が違うようです。」


確かにエドワードの部屋とは全く違う印象を受ける。親子で趣味がこうも違うのか。どんな人なのだろう。


「どれにも存在感がありますね。圧倒されます。」


素直な感想を言ってみた。


「お褒め頂いて光栄です。私は美しいものが大好きなんですよ。」


低いがよく通る声がその部屋に響いた。一瞬エドワードが言ったのかと思ったが違っていた。声の方を見ると、背が高く、整った顔立ちの紳士が立っていた。歳はグレイスの父親と同じくらいか、それよりも若いだろうか。彼自体が彫刻のようでこの部屋にいても違和感がない。


「いらしていたんですか、父上。」グレイスの方からはエドワードの表情は読み取れないが、心なしか声が重い。


「用事が早く片付いたんでね、思ったよりずっと早く帰って来れたよ。戻ってみたら驚いたよ。お前が女性を連れて来たというじゃないか。是非お会いしておかなくてはと思ってね。随分と探してしまったよ。ここにまで連れてきているとは思わなかった。」


彼は迷いなくグレイスの前へやってきて、上から下までじっくりと観察するように眺めた。


「は・・初めまして、グレイス・ブラウンと申します。ほ・・本日はエドワード様にお招きに頂いて参りました。」


威圧感と初対面の緊張でグレイスは縮こまってしまう。


「ブラウン?ほう・・・」


何かを言おうとする父親を、エドワードがグレイスの前に庇うようにすっと立って遮った。


「彼女は芸術に興味があるので、我が家の物を見てもらおうと案内していた途中なんです。もうこの部屋には用はありませんので失礼します。さぁ、行きましょう。」


エドワードは早口でそういうと、グレイスの肩を抱き扉の方へ連れて行こうとした。


「待ちなさい。自己紹介がまだ終わっていない。」


彼はグレイスの手を取り慇懃に挨拶をした。


「チャールズと申します、お嬢さん。よろしくお願いしますよ。」


エドワードの手にぐっと力が籠り少し強引に出口に連れて行かれる。


グレイスは少し振り向いて「し・・失礼します」と言うのが精一杯だった。

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