13.翌朝
「グレイス。起きてよ。もう朝だよ」
翌朝、弟の声で目が覚める。少し前にも同じことがあった気がする。今朝も寝坊をしてしまったようだ。
昨日も頭が混乱していて全然眠ることが出来なかった。もう考えても仕方ないと諦めてやっと寝たのは明け方だった。
「ねぇねぇ、お土産は?」
アダムが目を輝かせて言った。
「そこのテーブルの籠の中にあるわ」
グレイスが指差し教えると、アダムは兎のように飛びはねてテーブルに向かいの籠の中を覗き込んだ。
「わぁ!お菓子がいっぱいだ!すごい!グレイスありがとう!」
満面の笑みで中身を物色している。それはそうだろう。いつもの何倍もの量を持って帰ったのだから。
いつもはハンカチ一枚に包めるだけしか持って帰らない。グレイスが食べる代わりの分だけ頂くことにしていたからだ。けれど昨夜はエドワードがどうせ残るものだし、バーンズ様とは仲がいいから沢山貰っていけと譲らなかった。結局ハンカチ一枚では事足りず、籠まで用意してもらい持って帰って来てしまった。気が引けたのだが、ラザフォード家の夜会の時にお土産を忘れていた事を挽回したくて甘えてしまったのだった。
昨日は何もかもおかしな日だったわ…。
あの後ずっとエドワードはグレイスの傍を離れず一緒に行動してくれた。
…そうまるで恋人の様に。とても楽しい夜だった。
恋人役をしてくれると言ってくれた。なんて親切な方なんだろう。
でもこれからどうするつもりだろう。
かつて一度は誰かに恋人役を頼もうと思っていた割に、グレイスはどういう風にすれば恋人同士に見えるのか全く考えてはいなかった。「恋人です!」と宣言すればいいのだろうか?いやいや、いきなりそれではさすがに不自然な気がする。どうしよう。頼んでいるのはこちら側なのに何をすればいいのかさっぱり分からない。
別に次に会う約束をしたわけでもなかった。自分から会いに行くべきだろうか?いやそんな大それたこと出来るわけがない。手紙でも書いてみようか。でも何を書けばいいのか分からない。
気付けばなんだか舞い上がっている自分がいた。
エドワードがどれだけ本気なのかも分からないのに。今頃変な約束をしてしまったと後悔しているかもしれないのに。考えれば考える程、話の信憑性が薄れてきて、あの時彼は酔っ払っていたのかもしれない、とまで思うようになった。
あぁでも、一時の気の迷いでも恋人役をやってもいいと思ってくれたことが嬉しいわ。
昨晩寝る前に何度も思ったことをまた一通り繰り返すグレイスだった。
朝の着替えを済ませ食堂の方へ向っていると、シャーロットが満面の笑みで駆け寄ってきた。
その笑顔は先程のアダムにそっくりで、二人共本当にかわいいなと思っていると彼女はいきなり抱きついてきた。
「お姉様!ついに見つけたのね!」
グレイスは妹の思いがけない行為にあたふたした。そんなことはお構いなしにシャーロットはしばらく姉をぎゅっと抱きしめていた。
「シャーロット…離して貰える?少し苦しいわ」
「あら、ごめんなさい」シャーロットはさっと腕を解いた。グレイスは深呼吸をしてから、妹に尋ねた。「とても嬉しそうね。何かいい事でもあったの?お菓子でも貰った?」
シャーロットは冗談を言って笑う姉の腕をがっしりと掴んできた。
「まぁ嫌だわ、お姉様ったら。とぼけちゃって。照れているのね」
妹はぐっと顔を近づける。
「トーマスからちゃんと聞いているのよ」
トーマスはブラウン家の御者だった。
「トーマス?彼が何を言ったの?」
「あら、まだとぼけるの?隠さなくったっていいじゃない。昨日の帰り際素敵な男性にエスコートされてお姉様が屋敷から出てきたってトーマスは言っていたわよ。その方はとっても紳士的だったって。ずっとお姉様を見送ってくれてたって」
グレイスは思い出した。バーンズ家の屋敷から出る際、御者が手伝ってくれるから大丈夫だと言ったのに、エドワードは玄関の階段を降りる時や馬車への乗り込みの時ずっと手をひいて手伝ってくれたのだった。
「トーマスは自分の出番がなかったってがっかりしてたわ。『今夜はとてもいい夜になりました。またお会いするのを楽しみにしています』って紳士に言われたのよね。素敵だわ。」
グレイスは真っ赤になった。
(なんで台詞をちゃんと覚えているの!?それにそんなことまでシャーロットに言わないでよ、トーマス)
グレイスは心の中で御者を責めた。
大体まだ朝だというのに、なんでそんなことをもう聞きだせているのか。わざわざ聞きに行ったに違いない。
「変な事をトーマスから聞きださないで頂戴」
「だってやっぱり心配だったんだもの。でも良かった。お姉様も満更じゃなさそうだったってトーマスが言っていたわ」
見抜かれている…。
「ねえ、相手はどなたなの?お姉様を見初めるなんてきっといい方ね。トーマスが言うには…」
「シャーロット!…わ、私朝食を摂りに行くところだったのよ。貴方もでしょう?さぁすでに遅れているのだから、急がないと」
とはぐらかした。エドワードの本気度がよく分かってもいないのに気軽に名前を出すことなどできないからだ。妹は恥ずかしがっているのだと受け取ったようでそれ以上何も言わなかった。
それにしてもエドワードはすごい。自信があるといっていたのはこういうことなのか。もうすでに恋人役の効果を発揮している。妹がこんなに喜んでいる。思っていたものと大分違うが、喜んでいる。そしてやっぱり自分も少し浮かれていた。
食堂に着き朝食をとっていると、なんだか家族の様子がおかしい。使用人たちもおかしい。
皆チラチラとこちらをみて、嬉しそうにしているのだ。
気のせいかと思ったが、素直な弟の一言ではっきりした。
「グレイスお姉様、ハルガキテヨカッタネ」
耳にした言葉をそのまま言ったのだろう。すかさずシャーロットが「しっ」と弟を黙らせる。
あぁエドワード、あなたの自信は間違っていなかったのかもしれません。




