7話
「猫ーっ!どこにいるんだ、猫ーっ!!」
そうらやあの猫、名前らしい名前を付けられていなかったらしい。
この子らしいと言えばこの子らしいのだが、こういう場合少々不便だ。
などと冷静に考えている場合でもなく
猫ー!どこだーっ!
僕も少女に習い、猫の名を呼ぶ。
雨音にかき消されないように、お腹の底から声を張り上げる。
そんな僕らをあざ笑うように雨は勢いを増し、河川敷もどんどん危険度を増していく。
そろそろ少女を無理にでも連れ帰ろうかと思案していた所で
「ニャウーン」
か細い声が、確かに聞こえた。
流れに飲まれた大岩の上で、雨に濡れて細くなった猫が震えている。
少女はそれを見てすぐにでも飛びつこうとしたが、僕は何とかそれを押さえる。
無策に飛び込めば、まず助からない流れの速さだ。
しかし、もちろんこのまま放っておくと今度は猫が危ないわけで。
僕は鞄の中に使えそうなものが無いかぶちまけてみるが、特に何もなく
いや、そうか……使えそうなものはまさにこの鞄だ
少し待って!
「……?」
鞄を肩にかける時に使う紐の部分、その片方を外し一本の帯のようにする。
こうすれば簡易的な救命うきわのようなものになるだろう。
これに捕まって!
言葉が通じているかなんて知ったこっちゃないが、僕はそれを猫に直接当たらないように投げる。
流れが鞄を押し流そうとするが、うまい具合に岩の窪みに引っかかってくれた。
少女が固唾を飲んで見守る中、猫がそれに爪を引っ掻けるのを確認すると、僕は鞄を手繰り寄せた。
再び流れが猫を引っ張り、水を吸った鞄の重みが僕を河へと引き込もうとする。
こういう時が、もっと運動をしておけばよかったと反省する瞬間なのか。
重みがかなり苦しくなってきたところで、ふっと僕の体が軽くなった。
「ふんぎぎ……」
少女が僕の腕を握り、力を貸してくれたのだ。
猫も必死に鞄に爪を立て、流れに逆らっている。
ここで僕が頑張らなければ、男が廃る。
ふんぬぬ……っ!
やっとの思いで流れから解放されると、すぽーんっと鞄と猫が宙を舞う。
あっ、と息をのんだ僕達だったがそこは濡れても猫、シュタッと華麗に着地を決めた。
雨でびしょ濡れの僕らは、流れと雨の直接届かない位置まで移動して一旦座った。
本当は早く家へと帰ったほうがいいのだろうが、クタクタで動く気力が沸かない。
「……くしゅんっ」
「クシャッ」
少女と猫が、ほぼ同時にくしゃみをした。
これだけ濡れればくしゃみも出るだろう、と僕は少女の方を見てハッとした。
服がずぶ濡れで、体のラインがはっきり出ているのだ。
華奢な体だと思っていたが、その小ささに似合わず意外としっかり出るとこが出ており、寸胴に見えていたのはパーカーの丈のせいだと……
「……」
「……フニャー」
僕の視線に歯向かうような視線が二つ光ったかと思うと、僕の顔にラインが二つ刻まれる。
それによって仰け反った僕の視線の先で、赤いパトランプが光ったのが見えた。