5話
あんなことがあって、またしばらく間が開くかと思っていたのだが、案の定次の日も少女はいつもの場所にいた。
今日は珍しく、初めて出会った時に噛んでいたフーセンガムを膨らませている。
なんだか憂いを帯びたその佇まいに、僕は声を掛けられずにいた。
「……ん」
声を掛けられずにはいたのだが、比較的近くにいた僕に少女の方から気付いたようで、視線と共に少女がこちらへ近づいてきた。
僕の手前まで来て立ち止ると、少女は懐からガムを取り出してこちらへ差し出してきた。
「膨らませてみてよ、それ」
僕は少女の隣に座って、ガムをもしゃもしゃする。
そういえば今日は猫の姿が見えないが、どうしたのだろう?
少女に聞いて見ようかと思ったが、前回の事を考えるとまだ踏み入る勇気が無い。
「……あいつがさ、あたしを引っ掻きやがったんだ」
相手を責める口調で、少女が呟く。
だが僕はその言葉の端に感じた自責の念も見逃さない。
「だからさ、謝るまで許してやんないんだ」
弾けたフーセンガムを口の周りにつけたまま、少女が言う。
実を言うと僕はフーセンガムを膨らませるのがあまり得意ではないので、さっきからずっと噛んでいた。
だがものは試しだ、僕も膨らませてみる。
「あははっ、何それっ」
少女に笑われてしまった。
これでも相当真面目にやった方だったのだが。
少しムッとした表情をしていたのか、少女は笑いながら再び懐からガムを取り出した。
今度は箱ごと。
「あげるよ、それ。次会うときまでに練習しておいてね」
それだけ言い残し、少女はササッと走って行ってしまった。
残された僕は、しばらくガムを噛んでいた。
次の日、いつもの場所に少女の姿は無かった。
その代わりに、いつもの猫が少女の位置に座っている。
昨日は少女だけ、今日は猫だけか、と僕は胡坐をかいて座る。
その動きに合わせるように、猫がぴょんっと飛び乗ってきた。
「ナーナー」
僕に何か言いたげに、首をぐいーっと大きく逸らして鳴く猫。
残念ながら僕は猫語について詳しくないが、昨日の少女の会話から察するに少女への抗議なのだろうか?
フーセンガムをもしゃもしゃ噛みながら、猫の頭を撫でる。
ゴロゴロと言う小気味よい音を聞きながら、ガムを膨らませる練習をする僕。
昨日よりほんの少し上手くなったような気がするし、気のせいの様な気もする。
「ニャーオ」
猫の一鳴きで、僕は時間の流れに気付かされた。
ここはまるで時の流れが違うようで、いつも気付けばこんな時間だ。
今日は河の色が変わっていない、一雨来る前に急ごう。
キミは大丈夫なの?
僕は帰る前に猫に確認を取ると、猫は「ミャーゥ」と元気に返事を返してサッとどこかへ行ってしまった。
首輪も無いようだし、飼い猫でないのなら気にする必要はないだろうか。
ポッ、ポッ、とアスファルトに水滴の跡が浮かびだす。
こんな事をしている場合ではない、急いで帰らないと。
その日は結局、雨が降りやまず
テレビでは何年だか何十年ぶりかの大雨になるだろうと言っていた