3話
やぁ、元気?
「……ん」
「ニャーゴ」
もう何度目になるか分からない挨拶を、少女と交わす。
胡坐をかいて座った僕の膝上に猫がぴょこんと乗り、それに合わせて少女も僕の目の前に座る。
そうだ、今日はいいものを持ってきたんだ
「?」
僕の言葉に、少女がキョトンとした顔でこちらを見る。
万を持して、と言った感じで僕が取り出すのは、学校の近くで拾った猫じゃらしだ。
膝の上の猫に猫じゃらしをぴょこぴょこと振ると、猫もそれに合わせて足をぶんぶんと振る。
取られないように、だが興味を失わないように、絶妙な感覚で僕は猫じゃらしを振り続ける。
「……」
先程から気になっていたのは、少女の視線も猫じゃらしに合わせて揺れている事だ。
試しにくるくると回してみると、少女の眼球が所狭しとぐるぐる回る。
その様子が微笑ましくて、しばらく猫じゃらしを回しながらそれを眺めていたが
「……っ」
やがて僕の視線が自分に向いていることに気付くと、少女はぷいっとそっぽを向いてしまった。
前までならここで猫の爪が飛んできていただろうな、と僕は猫の頭を撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫に、僕の頬が緩む。
少女の事も好きだが、それと同じぐらい猫も好きだ。
というか少女が猫の様だから好き、なのか?
あ、もうこんな時間か
河の色がほのかな紅色に変化したのを見て、僕はそう呟く。
少女と共にいると、時間が進むのが早くて仕方ない。
僕は猫じゃらしをしまうと、膝上の猫を持ち上げ地面に降ろす。
「ナーゴナーゴ」
猫が名残惜しそうにじたばたとしたが、ずっとここにいるわけにはいかない。
少女も少し不満げにこちらを見ていたのが僕の後ろ髪を引くが、名残惜しいのは僕も同じだ。
というか聞いていなかったが、少女は普段どこにいるのだろう?
ねぇ、キミって……どの辺りに住んでるの?
「……」
僕の質問に、少女が押し黙る。
少し困ったような、戸惑いを帯びた視線が僕の視線と重なる。
完全に虚を付かれる形で、そんな僕と少女の視線の間に黒い影。
その影が僕の顔に覆いかぶさり、シャッと僕の額に一文字が作られた。
初めてだった。
猫が少女の指示ではなく、自発的に飛びかかってきたのは。
……逃げられた、か
額の血を拭い、僕は夕焼けを見上げる。
まだ少し、踏み込むには早かったようだ。