1話
「ニャー」
「にゃーにゃー」
どこからか猫の声と、猫を真似た人の声がした。
河川敷の下、声のした方を覗き込んでみるが誰もいない。
ここの河川敷には大きな水道橋があり、死角はいくらでもある。
わざわざ河川敷を降りてまで声の主を探しているのは、僕が猫好きという事もあるし……
「にゃーにゃっ……」
先程の声が、僕の好みにどストライクだったのもある。
「……もしゃもしゃ」
機嫌、直してもらえたかな……?
正座した僕の膝の上で猫が丸くなり、その猫の喉をゴロゴロと触る少女という不思議な構図。
少女は懐から取り出したフーセンガムを口の中でもしゃもしゃさせている。
どうやら、完全にご機嫌ナナメらしい。
「んーっ……」
少女が小さな体を大きく逸らせて口に力を込めると、ぷくーっとピンク色の球体が膨らんだ。
そのままの体勢でしばらく少女は固まっていたが、パンッと球体が弾けると同時にこちらを向いた。
口元に付いたガムをペロペロと舐めて口に戻し、再びそれを咀嚼しながら
「……あんた、誰?」
と、先程聞いた僕好みの声で尋ねてきた。
とりあえず僕は自分の通う学校と自分の名前少女に答えると、膝を崩して尻餅を付く。
猫が抗議のようにフニャーと鳴いて飛びき、そのまま少女の隣にぴょこんと着地した。
少女は「ふぅん」とあまり興味なさ気に呟くと、僕の鼻先まで顔を近づける。
思わずドキドキしてしまう僕。
「ここで見たこと、忘れろ」
鼻先まで近づいた顔が離れると同時に少女の手が伸びてきて、完全に不意を突かれた僕の顔を少女の爪が掠める。
すんでの所で躱せたか、と思った矢先に少女の隣の猫がコンビネーションアタックと言わんばかりに飛び上がり、僕の顔に一文字を作る。
い、いててっ!?
顔の痛みに思わず手を当てると、微かに血が滲んでいた。
いくらなんでもこの仕打ちは無いのではないか、と今度はこちらから抗議しようと顔を上げると
……あれ?
少女の姿も、猫の姿も無くなっていた。
まるで狐に……いや、猫に摘ままれたような顔で僕は茫然としていたが、ぴゅーっと一陣の風が吹いた所で平静を取り戻し
……帰ろう
と誰に言うでも無く呟くと、帰路に付いた。
それが僕と少女の、いいとも悪いとも言えないファーストコンタクト。