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第1話:死神を名乗る少女

 気が付くと、露城天音つゆしろあまねは灰色の世界に立っていた


 灰色の大地に灰色の岩山、灰色の空に灰色の太陽。モノクロームの世界に時折風が吹き込んでは色彩の無い砂嵐を巻き起こす。


(ここは……?)


 死の大地とでも呼ぶべき光景に、天音は生命の営みを欠片も認めることはできなかった。


(どうして、俺はここに?)


 記憶の糸を手繰り寄せても、思い出されるのはごくごく平凡な高校生活と梅雨明けの終業式、そして解放感に満ちた夏休みくらいのものだった。目の前にある光景とは真逆の、碧と緑に満ちた季節だ。


 そんな記憶から、今ある灰色の世界へと繋がる道筋が見つからない。夢でも見ているのかと頬を軽く叩いたりしてみるが、どう考えてもこれは現実だった。夢は夢と疑えばそうと分かるし、何より目の前にある光景が圧倒的な現実感をもって存在しているからだ。


 記憶の中から手がかりになりそうなものを探していると、突風が巻き起こり目の前で砂嵐が渦を巻いた。程なくして砂煙は晴れ、少し前までは何もなかったはずの場所に自分以外に唯一の色彩を持つ存在が現れた。


 燃えさかる鮮やかな紅い長髪が風に靡き、透き通った白い肌はうっすらと朱を滲ませている。顔立ちは鋭さを感じさせつつもまだ幼さを残し、燕尾服を模したような衣装とはどことなくギャップを印象づける。紺碧の射貫くような眼差しは天音の姿を見据え、その両腕には自らの体躯の三倍はあろうかという鎌を携えていた。


 そう、一言で表現するなら"死神"とでも形容すべき少女の姿だった。


 美しさと威圧感をたたえ、少女がゆっくりと天音の方へと歩み寄る。天音は強い緊張を覚え、無意識に唾を飲んだ。


 やがて天音の身体が大鎌の射程に入る頃、少女が足を止めて天音に微笑みかけた。


「はじめまして」


 その柔和な表情に調子を崩されそうになるが、まだ困惑から抜け出せない天音は「は、はぁ」と返すのが精一杯だった。


「キミの名前を教えてくれるかな?」


 少女に問われ、天音は自分の名を答えた。


「ふむふむ、露城天音クンだね……」


 呟いて片手で懐から手帳のようなものを取り出す。パラパラとめくって目的のページを開き、少女は何かを確認しているようだった。


「高位生命を殺めること百を越え、嘘を付くこと千を数え、表層は温和なれど本性は狡猾にして残忍……なるほど……」


 パタン、と手帳を閉じた。


「では判決を言い渡します。ぶっちゃけ死刑」


 笑顔であっさりと言い放つ少女に、天音は思わず呆気に取られてしまっていた。


(――は? 死刑?)


 少女の真意を測りかねる。


「っても既に死んでるんだけどね。にゃはは。言うなれば、魂的な意味での死刑ってところかな? キミはこれからこの大鎌に刈り取られて消滅するのでしたっ」


 キラリ、と刃が光を放つ。現実離れした光景と言動の中で、ただ一つだけ確かな存在感をたたえている白刃に天音は怖気を抱く。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 死んでるとか死刑だとか、訳が分からないっての!」


 ここにきて、今まで状況に翻弄され続けていた天音が感情を露わにする。否、露わにせずにはいられなかった。


「ええとね……、キミは事故に巻き込まれて死んじゃったんだよ。で、審判を受けるためにここに立ってるんだ。私はその審判を司る死神フラン。魂の犯した罪はこの手帳に刻まれてるんだけど、それを確認する限り、まあ死刑にするしかないかなーって思ったわけだ。うん。独断だけど」


 ニコニコと笑みを絶やさないまま残酷な事を口にする少女――フランの姿は異質さすらも感じさせていた。


「魂ってのは生前の行いによって転生先が決まるんだけど、最近は新しい魂が沢山生まれすぎちゃっててねー、死神府の審判がちょっと辛口になってるんだ。行いが良かったのなら畜生や虫けらにでも生まれ変わらせてあげられなくもなかったんだけど、この行いだとちょっと転生は無理かなあ。ってわけで、うん、消滅しちゃって、ね?」


 特段に善人とは言えないまでも、罰せられるほどの悪事を犯した記憶のない天音にとってフランの言葉は衝撃的なものだった。そして、納得できるものではなかった。


「これから消滅するだけだから、特に悔い改めなくてもいいよ。じゃあね、ばいばーい」


 少女が鎌を構え――振り下ろす。


 風を切る鋭い音色がそのまま死の旋律となり天音に牙を剥く。


(――冗談じゃない!)


 死んでたまるか。そう思い、鎌が届くより速くフランに向かって突進した。


「――っ!?」


 フランは一歩飛び退いて突進をかわす。大鎌の軌道は逸れ、天音の遥か頭上で空を切った。


「なになに、抵抗するの? しちゃうの? せめてもの情けとして苦しまずに死なせてあげようかなーなんて思ってたんだけど、抵抗するのなら更に苦役も加算されちゃうよ? 黒縄とか、叫喚とか、無間地獄とか、カイーナとか。……あれ? 一個違ったかな。まあいいや。どっちにしても死んだ方がマシだってくらい辛いんだからね」


 口を尖らせつつ、フランの表情はそれとは裏腹に何かを期待しているかのようだった。


 天音は不意に右腕が熱くなるのを感じた。見てみると、肘から先が青い光に包まれていた。


(――念じよ。自らの力を映し出す姿を思い、念じよ)


 天音の意識に無機質な声が割り込んできた。機械音声のようなそれに促されるまま、天音は右腕に意識を集中させて"念じ"た。


 右腕の光は手から先へと伸び、青く光る剣の姿を形作った。


「ふうん、力を奮うんだ……」


 フランが不適な笑みを浮かべる。


「私も魂を狩る生活には少し飽きてきてたんだよね。楽しませてくれるのなら、私の権限で恩赦にしてダイオウグソクムシあたりに転生させてあげてもいいかもよ?」


 それもゴメンだと心の中で吐き捨てつつ、天音は右手から伸びる"剣"を構えた。


 フランも改めて鎌を構え直す。


 先に仕掛けたのはフランの方だった。繰り出される斬撃は正確に天音の首を狙っていた。天音はそれを光の剣で受け止めようとする。剣は鎌を素通しすることなく、質量を持った存在として鎌と切り結んだ。


 キィン、と甲高い音が鳴る。


 死神と言えども華奢な少女の膂力では押し切ることはできないのか、両腕を小刻みに奮わせている。


 ふわり、と天音の手から感触が消えた。フランが鎌を引いたのだ。そのままフランはバックステップし、一歩で大きく距離を取る。軽く十メートル以上は離れたかというところで、フランは鎌を左手に携え自由になった右手を胸の前に水平に突き出す。青白い光が手の先に収束し、徐々に大きくなっていく。


 天音は半ば無意識的に、フランと似たような行動を取っていた。突き出した左手の先に青い光が集まり、球形を形作る。


 フランの手の先から複数の光球が放たれる。それに少し遅れて天音の手の先からも同じものが弾き出される。


 二人の中間に近い場所で光球は次々と衝突し、衝撃波が砂嵐を巻き起こす。瞬時にして視界を失い、本能的に危機感を抱いた視界を確保するべく天音は後方に飛び退いていた。


 しかしそれより速く、フランは天音に向かって駆け出していた。両手には鎌ではなく曲刀をそれぞれ携え、二刀の構えで舞うように躍りかかる。


 くるり、と身体を一回転させ、裏拳を放つような格好でフランが斬撃を繰り出す。出所の捉えにくい攻撃を天音は間一髪のところで光剣で受け止めたが、フランはそのまま更に半回転してもうもう一本の剣で斬りかかる。


 剣を弾かれた天音は咄嗟に構え直すことができず、身体を反らして回避する。


 間一髪の攻防の中で天音は自分の神経が研ぎ澄まされていくのを感じていた。高揚感を感じられるほどに余裕は無かったが、見え隠れする生への糸を手繰り寄せようとしているのか全身の細胞が急速に活性化していく。


「やるねっ!」


 命のやり取りの中、フランが嬉々とした表情を浮かべる。


 フランが再び間合いを取ったのを確認して、天音は剣を正眼に――それと知ることなく、構えた。


 天音はわずかに息切れを感じていた。一方でフランはそんな素振りすら見せていない。


 長期戦になれば不利になるのは明らかだった。しかし防戦以外に活路を見出すことはできない。


 天音の迷いを察したのか、


「なるほど、平和な中に生きてきたから思い切りがつかないのかな。じゃあこうしよっか。二本のうちの片方でいいから、キミが私の手から剣を弾き飛ばせたなら弁解する機会を与えるよ。私じゃなくて剣が相手なら戦いやすいでしょ?」


 フランが右手の曲刀を水平に突き出して言った。


 彼女は死神を自称しながら戦いを望み、言葉にした目的を歪めて天音を誘っている。その真意を天音は測りかねたが、今は戦うこと以外に道はないと思い直し、目の前の"敵"に意識を集中させる。


 厳密には、彼女の持つその剣に。


 戦いの中で初めて、天音は自分から仕掛けることを試みようとしていた。地を蹴り、フランとの間合いを詰める。その速度は、およそ天音が自覚している身体能力を凌駕するものだった。


 それを迎撃するように、フランは左手を突き出して光の弾を次々と撃ち出した。天音はややカーブする光球を剣で打ち払い、弾かれた弾は流れて地面へと墜ち爆炎と砂煙を巻き上げる。


 間合いに入り、先に剣を繰り出したのはフランだった。右手からの袈裟斬りの攻撃を天音は逆袈裟に斬り上げ、弾く。しかし剣を飛ばすには至らず、逆にフランはその反動を利用して身体を反転させた。


 見覚えのあるその動作に、天音は反射的に剣を合わせていた。一回転したフランの左手から繰り出される剣撃が天音の一撃と衝突し、火花を散らし――刀身が弾けた。


 フランの左手に握られていた曲刀は根元の部分で砕かれ、刃は回転しながら天音が剣を振るった方向へと大きく弾け飛んでいった。


(やったか――!?)


 流石にフランも驚いたのか、笑みを解いてきょとんとしたような表情を見せていた。しかしそれも束の間、またすぐに口元を緩ませる。


「あはは、参ったなあ。思ったより早く勝負が付いちゃったか」


 ぺろっと舌を出す。天音にはそんな様子が、とても自分の命――あるいは魂を狙っていたような存在には思えなかった。


 訝っていると、視界の中できらりと何かが反射した。意識を移した先には先ほどの曲刀のなれの果てが回転しながら旋回していた。曲がった形状を持っていることがブーメランのような役割を果たしているためか、それは大きく弧を描きながら持ち主のところへと帰ろうとしていたのだった。


 フランの身体は、ちょうどその軌道上にあった。彼女は背を向ける形になっていて刃の存在に気が付いていない。


「――危ない!」


 直撃を確信した天音はフランを横へと突き飛ばした。彼女がきゃっ、と短い悲鳴を上げた直後、刃は天音の腹部を貫いた。


「がぁっ!」


 強烈な電撃を流されたような激痛が走る。あまりの痛みに天音はその場に膝を突いた。恐る恐る貫かれた腹部を見ると、そこには白く煌めく刃が深々と突き刺さっていた。


 一滴の血も流すことなしに。


「あ」


 間の抜けたような声をあげたのはフランだった。何が起きたのかを察し、天音の側に寄り添い屈みこむ。


「あはは……ごめん。……うん、ごめん」


 笑顔のままではあったが、その表情にはどこか申し訳なさそうな感情を滲ませていた。


 フランが天音の腹部――刃の端に手を添えると、その手首から先が淡い光を放った。刃は根元の部分から細かい粒子となっていき、砂粒のように砕け大気中へと消えていく。


 程なくして刀身はその姿を完全に失い、後には何も残らなかった。天音の腹部も何事もなかったかのように貫かれる以前の状態に戻っていた。ただ、ずきずきと鈍い痛みだけがわずかばかり残っていたが、それもすぐに薄らいでいった。


「元々光凝素を固めただけのものだから害は無いんだけど……うん、当たると痛いんだよね。これ」


 フランは苦笑いを浮かべていた。そんな彼女に対し


「……フランさんだっけ。状況がまるでさっぱり物の見事に分からないんだけど」


 天音が言葉を絞り出すと、フランは顎に人差し指を当てて小考し、


「さて、ここで問題です。キミが一つだけ質問できるなら、何を訊ねたなら疑問に最も相応しい答えが期待できるでしょーか?」


 半分おどけたように返した。しかし、至近距離で見つめるその瞳は天音の真価でも見抜こうとでもしているかのように鋭かった。


 彼女が意地悪をしている風には見えなかった。恐らくは、訊けば質問には答えてくれるのだろう。だが何かを試されてるように感じた以上、天音はそれに応えてみたくなった。


 フランが何者なのか、という疑問は優先度が低かった。知るべきは、ここはどこで何が起きたのかということだ。その二つの疑問を一つに束ねるには――天音は思考を巡らせた。


「ここは、どういう人間が来るような場所なんだ?」


「ほっほ~う」


 フランがニヤリと不適な笑みを浮かべ、立ち上がった。それにつられて天音も立つ。


「なるほど、キミをここに呼び寄せたのは実は偶然に拠るところが大きいんだけど、これはひょっとして私の悲願を本当に叶えてくれちゃったりする素質あったりするのかなあ? ……あ、ゴメンねここまで独り言」


 コホン、とフランが咳払いをする。


「ここはね、言うなれば"生"と"死"の境目にあるような場所なんだ。生きてないけど、完全に死んでしまったわけでもない。そんな命が迷い込むような所」


「生と死の境目?」


「うん。実際の所、キミはキミの知る概念においては死んでしまってる。だけど広義では奇跡的に死を免れてもいて、私は偶然にもそれを発見することができた。そして、手繰り寄せた」


 フランの説明は抽象的すぎて、およそ天音の理解できるような概念ではなかった。


「そうだね……少し長い話になるし、こんな殺風景な所じゃなくて落ち着ける場所で話そうか。あと、私の事は呼び捨てでいいよ。なんか調子狂うしね」


 フランが天音に背を向け、手のひらを自身の正面に突き出した。その少し先に光が集まり、その光は縦に伸び、やがて背丈の1.5倍ほどもある縦長の紡錘形を形作った。光の向こう側には、うっすらと草むらのようなものが見えた。


「さ、行きましょ」


 その光をくぐりかけて、フランが顔だけを天音の方へと向けた。


「あ、そうそう。ちなみに死神っていうのとかは演出で作り話でフィクションであって、実在の人物なんかとは一切関係が無いから安心してね。一応意図するところはあるんだけどその話はまた追々、ね」


 言って微笑み、フランは光の中へと消えていった。

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