4話
「はあ、憂鬱」
先週、綾野先輩のお手伝いをする事が決定となり、今日からあの悪魔と二人だ。
「はああ……」
「ねえ、いつになったら入ってくんの?不審者感満載なんだけど」
「ひゃああ!」
顔のいい悪魔が現れた。
「声が大きいよ――ほら、早く入って」
「わわっ」
手を引かれ部屋に入ることになった。
「お、おじゃまします」
「うん、どうぞ。そこら辺に座ってて」
部屋を指さす。
「お茶とコーヒーどっちがいい?」
「あ、お茶で……って、私がやりますよ!」
「え、できんの?」
「失礼ですね、座っていてください!」
キッチンに行く。見ると、コーヒーカップしかないので、それにお茶を入れる。
綾野先輩の前に置き、反応を確認する。
「うん、良いね」
「お茶を入れるのは自信あるんです」
少し胸を張って答える。
「ふーん、なかなかやるね。それにしても――何カップ?」
「は?」
じーっと。綾野先輩は私の胸を見ている。
「なっ、何をっ!」
「いや、胸のサイズが」
「なぜ、そんなことをっ」
「俺はTL小説家だよ?シチュエーション大事だろ」
「だからって!」
「お茶を飲んでるときに、こう言われるとどんな反応かなって」
「~~~!!」
顔が真っ赤になるのが分かった。
落ち着け落ち着け、動揺するとこの悪魔のペースだ。
「――それより先輩……先生のお手伝いって、何をすればいいんですか?」
仕事で来ているのだから、内容を理解しなければならない。
「あー、聞いてないの?」
「宮古先輩は、全部綾野先生の指示で動いてねって」
「じゃあ、仕事内容発表。俺とロールプレイングだな」
「はあ……ロールプレイングって、どういう事ですか?」
「ロールプレイングゲームって知ってる?役になりきるんだよ。つまり、糸谷は俺の言う役になりきるのが仕事。OK?」
綾野先輩が説明してくれたけど、いまいち良く分からない。
「ええと……よく、わかりませんが?」
「じゃあ、仕事の体験といこうか」
綾野先輩はにこっと笑った後に、コーヒーカップを持つ私の両手を、そっと自分の両手で握りしめた。
「なっ、え?」
「さくら……お前の手は、俺の両手で隠せるくらい小さくて……」
綾野先輩はそこで、言葉を切って私に微笑みかけた。
「……可愛いな」
「ひゃ!!!」
イケメンの微笑みの破壊力半端ない。
「ぶふ!!!」
とたんに吹き出す悪魔。
思わず顔をしかめた。
「ちょっと!失礼ですよ!」
顔が熱くなっているのがわかる。
「悪い、つい反応がな……」
まだ肩を震わせる悪魔を睨み付ける。
「……可愛くて」
「何かいいましたか?」
「何も?」
可愛いと聞こえたのは気のせいかな?
「で、今のは、恋人ロールプレイングな」
「ロールプレイングだったんですね。つまり、そういうロールプレイングが私の仕事ですか?」
「そういうこと。糸谷、俺の小説のジャンルは?」
「……女性向けTL官能小説、です」
「官能小説っても、いろんなシチュエーションが必要だろ?ずっとベッドで、あはんうふん、してると飽きるだろ?」
「まあ、確かに……」
「読者は少しのリアリティと濃度、糖度の高いフェイクを求めてるんだ」
「はあ、確かにリアリティ寄せすぎると、検閲的にヤバいですもんね」
「ああそうだ。リアリティもフェイクも経験がないと書けない。かといって、そんな経験を全部したら身が持たない。むしろ刺されそうだ」
綾野先輩は熱弁をふるう。まあ、不特定多数とお付き合いしてたら、綾野先輩の美貌的に刃傷沙汰になりかねない。
「綾野先輩を巡って警察案件になりそうですね?」
「――まあ、ロールプレイングで助手も雇ったけど、恋人気取りで接してくるから鬱陶しかったり。何度己の身を案じたか」
「え、綾野先輩はてっきり経験済みかと……」
そう言いかけたら、綾野先輩はびくっと体を震わせた。
「俺は、女が苦手なんだ……」
「は、はあ!?」
「に、が、て、なんだ」
あ、はい、もう一度強調なさりました。
「えええ?」
「……昔、数人に囲まれて襲われかけたんだよ。それで……」
「……女性が、苦手になったんですか?」
綾野先輩はぷいっと横を向いた。
「官能小説の世界は、文章の世界はある意味綺麗で、俺の理想を詰め込んでいるんだ」
確かに、綾野先生の描く世界はジャンルがそれとはいえ、とても綺麗に描かれている。
「なるほど、女性が苦手故、恋愛への憧れを詰め込んでいる世界なんですね」
「半分正解」
「え、残りは?」
「俺の好奇心と……欲望かな」
そう言いながら、先生は私の指先にキスを落とす。
その途端言い知れぬ恐怖と羞恥と、震えが走った。
「よ、欲望ですか!?」
「あれ、そこに食いつくの?俺だって人並みにそういう事には興味あるし、なんなら試したいと思っているさ」
「先生なら、選べるでしょう?」
「言っただろ、女が苦手って」
「え、まさか、先生そっちの気が!」
そういった途端、絶対零度の眼差しで睨まれた。
「は?お前バカなの?ここまで聞いて分かんないの?」
「え?なんですか?」
「俺は女が苦手だけど、嫌いとは言ってない。女っぽすぎないと、いけるかなーって。なあ、糸谷?」
良いこと言ってるようで、私を貶めてるようだ。
「近付いたら、噛みつきますよ?」
「へえ、試してみる?」
先生がゆっくり近付いてきた。




