22話
「お義兄さん、盗み聞きですか?」
「いやいや、人聞きが悪い。義弟くんが遅いから見に来たんだよ」
遠山さんは、両手を広げて肩を竦めた。
「詩織が手続き取るから付き合えだと。桜ちゃんは俺が一緒にいるから」
「余計な事を言わないでくださいね、お義兄さん。桜、すぐ戻るから!」
そう言った先生は足早に去っていった。
「さあ、桜ちゃん。お茶でも奢るよ」
遠山さんは、私を試すような目で笑った。
「どうぞ、温かいのでいいよね」
病院の外のベンチ。
少し肌寒いけど、人が少ないのでちょうどいい。
「ありがとうございます」
自販機の温かいお茶を受け取り手を暖める。
「カフェでも良かったのに、桜ちゃんは遠慮がちだね」
「あはは、カフェより自販機のが安いんで」
何だか、この人には高いものは奢られたくない。
今の直感だけど。
遠山さんは、先生と詩織さんの事を教えてくれた、というより私に聞かせた。
「俺はね、結婚したら詩織の家業を継ぐ予定なんだ」
「家業って……旅館ですよね?」
「そうだよ。今はお祖母さんが取り仕切っている。将来的には、孫のどちらかが継いでほしいと願っているわけ」
孫、先生と詩織さんの事だ。
「老舗旅館なんだけど、正直経営が厳しいんだ。俺は詩織を心から愛しているし、彼女の為ならどんな苦労も平気だよ」
遠山さんは、コーヒー缶をぐっと握りしめた。
「俺はウエディングプランナーの経験を生かして、手伝うつもりだよ」
私は、ぎゅっと缶を握りしめた。
指先にじんわりと温かさが伝わる。
「――こんな状況だからこそ、咲人君には家業を手伝ってもらいたいと思っている」
「でも、先生は小説家です。本人の気持ちは聞いたんですか?」
「小説家?この先を考えてごらん。家族が出来たら安定した仕事がある方が良いと思わないかい」
にこにこと笑う遠山さんを、思わず睨み付けた。
「先生の小説は、私が高校生の時から読んでいます。遠山さんに、安定してない仕事だなんて言わせたくないです」
まっすぐ遠山さんを見つめて言った。
「でも、書けなくなったらどうする?」
唇をぎゅっと噛み締める。
「私は、先生を信じています。書けなくなったら、私が支えます!」
そう言うと、遠山さんは優しく笑った。
でも、言っている内容は『現実を見ろ』と言わんばかりだ。
「君は、咲人くんの編集者として、ずっと手伝っていくの?今の君に、咲人くんの人生を背負えるのかい?」
――背負えるのか。
その言葉が、胸に突き刺さる。
私だって、そんなことは分かっている。
何度も自問自答して、その度に気持ちを飲み込んできた――
「これから先なんて……分かりません。でも今、先生を側で見ていたいんです」
悔しいのか、悲しいのか分からない。
目頭が熱くなって、視界が滲んできた。
「桜ちゃん!?」
途端に遠山さんが慌て始める。
「ごめん!言い方が悪かった!君を責めたわけじゃないんだ」
遠山さんが必死に謝ってきた。
「ただ、君が咲人くんの側にいたいなら、きちんと考えた方がいいよって――」
「さくら!」
どこからか先生が走ってきて、勢い良く抱き締められた。
でも、すぐに体を離して遠山さんに食って掛かる。
「あんた!さくらに何した!!」
遠山さんの胸ぐらを掴み、締め上げた。
「ちょっ!落ち着いて咲人くんっ」
「サク!止めなさい!」
詩織さんが仲裁に入る。
私も、慌てて涙目で止めに入った。




