19話
先生は大股で、マンションのエレベーターに向かって歩きだす。
「さくら、お前は部屋で待ってろ」
「いえ、そんなわけにも」
先生の背中を追いかけると、エレベーターから降りてきた人とぶつかる。
「あっ、すみませ――」
「あんた!」
「ヒッ!!」
三人の声が重なる。
私が頭を下げてる横で、先生は私がぶつかったひとの腕を掴んでいた。
「あ、綾野……くん」
先生が掴んでる人は、先生よりも髪がボサボサで、先生よりも身なりはきちんとしてるけど、不健康そうだった。
「この手紙は、悪質な悪戯ですか?それとも、本気で?」
綾野先生、わりと本気で凄んでた。
「いっ、いたずらだよ!決まってるじゃないか!」
「――だ、そうだ。さくら、警察はいらないからな」
綾野先生は、さっさとあんたの部屋に行くぞ、とその人を追いたてる。
私も来いと先生に言われてのでついていく。
そもそも、この人誰ですか?
「えっ!作家の長井先生ですか?田中先輩が担当でしたよね……」
田中先輩の名前を出すと長井先生はうろたえ始めた。
「お願いだ、田中さんには言わないでくれ!」
「――それで、手紙の理由は?」
綾野先生は早く話せと促す。
「……僕は、君が羨ましい……」
長井先生は自分の気持ちを吐き出し始めた。
「だって、イケメンだし、本は売れてるし、ファンは多いし……担当さんから大事にされてるじゃないですかあっ!」
綾野先生はイライラしている。
「だから、俺に、あんな手紙を送って怯えさせようと?」
「ひっ!」
「あんたさ、周りへの影響考えてやったの?少なくとも、うちのさくらは怯えてた。警察へ連絡して――悪戯が大事になるとこだったぞ」
綾野先生は静かに怒ってた。
長井先生のやったことは、綾野先生とは違う意味で雑誌に載りかねない。
「あの……」
綾野先生と長井先生の間を視線を彷徨わせる。
「まだ、理由あるんでしょ」
「あ……その」
長井先生は急に口ごもる。
「はあ、当ててやろうか?田中――」
その時、ガチャガチャと玄関ドアが開く音がした。
バターン!!
リビングのドアを勢いよく開けて入ってきたのは田中先輩だ。
「たたた田中さん!!」
長井先生は、青くなるかと思いきや――頬を染めてもじもじしている。
え、え、どういうこと?
「長井先生、これはどういうことですか?またやらかしたって聞きましたけど」
田中先輩……いつもより、底冷えの目付きで長井先生を眺めている。
「田中さんっ、あの……会いたかった!」
「私は、貴方の後始末のためにいるんじゃありません!綾野先生、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。糸谷さんも怖がらせてごめんなさい」
田中先輩は、綾野先生と私に頭を下げる。
「田中先輩、頭を上げてください!私は大丈夫ですから、ここに来るまで先輩には助けられてますし」
「助けるとかではなくて、後輩の指導は当然だから気にしなくて良いわ。それと、長井先生が迷惑かけたのは別の話しよ」
キッパリと言われてしまった。
この辺りの線引きはさすがだ。
って……ただの押し付けでも意地悪でもない、不器用な田中先輩の後輩への絡み方。
「それで、長井先生。今回の理由はなんだったんですか」
長井先生はもじもじと私達の前で言った。
「田中さんが……綾野先生の記事を褒めたから、です」
「はあ。またですか……私が誰を褒めようが、関係ないでしょう?」
そう言われた長井先生は、真剣な声で答えた。
「田中さん、僕をもっと褒めてください……僕のモチベーションをあげるのは、貴女から――」
「それ以上は黙って!!」
田中先輩が、顔を真っ赤にして長井先生の口を手で塞いだ。
「綾野先生、糸谷さん……長井先生と二人で話し合うから。悪いけど……お暇して貰えるかしら」
とうとう耳まで真っ赤にして田中先輩は私達にお願いしてきた。
長井先生は、田中先輩しか見ていない。
「じゃあ、失礼します」
挨拶をしてリビングを出る時。
「貴方の小説、好きに決まってるじゃない――馬鹿ね」
そう、小さな呟きが聞こえてきた。




