1話
大学卒業後。
私は小説好きが高じて、憧れの編集者の仕事に就くことができた。
「担当の小説家の先生のお部屋へ挨拶に行きましょう」
そう言われて、連れて来られた某マンション。
ピンポーン――
「――はい」
「こんにちは、宮古です」
「あー、今出ます」
私はその声を聞き、内心首を傾げた。
聞き覚えのある声だ。
記憶から引っ張り出そうとするが、あまりいい予感がしない。
ガチャ――
出てきたのは、前髪で目元が隠れている若そうな男性だった。
「綾野先生、原稿確認しに来ました。執筆進んでます?」
宮古先輩がおっとりと先生に用件を言った。
ん、綾野――。
「まあ、上がってはいるけど――ところで、それなに?」
ボサボサ髪の先生に指を指される。
やはり聞き覚えのある声だ。
まさか、まさか……と思いながら、笑顔を張り付けて挨拶をする。
「い、糸谷桜です!編集部の新人です、よろしくお願いいたします!」
ぶんっと直角にお辞儀をする。
お辞儀をした後、数秒待つ――上から降ってきた言葉で、私の嫌な予感が確信を持った。
「ああ、なんだお前か」
声を聞いたとたんに、脳裏を駆け巡る大学時代の出来事。
「あら、先生お知り合いですか?」
「まあね、とりあえず中入って」
「そうですね。では、先生お邪魔します」
「お、おじゃましま――」
綾野先生の横を通り抜けようとすると、私にだけ聞こえるように小声で言った。
「今度は逃げるなよ?」
「ひえっ!!」
「桜ちゃん?どうしたの?」
「い、いいええ!何でも、何でもないです!」
慌てて宮古先輩の後を追って部屋に入った。
とりあえず部屋の中に通されたけど、落ち着かない。
宮古先輩はお茶を入れると言ってキッチンに立っている。
綾野先輩――綾野先生と二人で居心地が悪い。
先生は長い前髪を手でかきあげて、髪クリップで止めた。
綺麗なおでこと切れ長の目元が露になる。
この人、顔は綺麗なんだよね。
思わずじっと見とれてしまったら、目が合って慌てて視線をそらす。
部屋をちらちらと観察する。
先生の部屋は思ったより、とてもきれいに整頓されていた。というか、無駄な物がない。
リビングにはテーブルにソファ、テレビくらいだ。
そして扉が2つ見える。
「なに?あの扉気になるの?」
「はっ!いえ、別に……」
「仕事部屋になってるんだ、あそこに入れるのは俺と――」
俺と、で一度言葉を切った綾野先輩は少しにやりと笑う。
「――アシスタントの女だけなんだよね、お前やる?」
顔を近づけてそう囁く。
「な、何言ってるんですか!!」
「声大きいよ」
「わっ……私は、編集者です」
「へえ、編集者。編集者の仕事ってわかってんの?」
編集者の仕事って、編集のお手伝いだよね?
「作家先生の原稿を頂いたり、スケジュール管理とか、編集の手伝いとかでは?」
「あはは、残念。正解は――」
「正解は?」
綾野先輩の声が低くなり、私の耳元に顔を寄せて囁く。
唇が触れるか触れないかの距離まで近付いてきたのか、息と髪の毛が触れてくすぐったい。
「俺(作家)を気持ち良く執筆させる手伝いだよ。ようはメイドみたいなものだよ」
「はあ?」
そんなの聞いたことない。疑いの眼差しを向けながら、少し後退りをした。
そんな私の様子を見て、にやにやと楽しそうに笑う。
「あら、綾野先生楽しそうね。珍しいわ」
「昔話をちょっと、ね」
綾野先生は宮古先輩ににこやかに返す。




