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『先生、仕事ですか?恋ですか?』――女性が苦手なTL作家は、なぜか私にだけ距離が近い   作者: 古東 白


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13/15

12話

更新です。

今日は文字数いつもよりは多いです。

よろしくお願いしますm(_ _)m

「……ハリセンボン……って、可愛いですか?」

絞り出した言葉がこれだ。


「身を守ろうと針立てんの、可愛くないか?健気だろう?」

ドヤッとした顔をして話している。


ハリセンボンに例えられた女心は、とてもとても複雑だ。


「膨れんなよ。飯食いにいこう、ほら」

立ち上がった先生は、私を引っ張った。

嬉しそうに指を絡めて先導する先生はある意味目立つ。

満面の笑みのイケメンがいたら見ちゃうよね。


水族館のフードコートに着いてメニューを眺める。


「へえ、水族館のメニューってこんなのか」


「先生。取材なら、資料として写真撮った方がいいと思いますよ」

先生が全然写真を撮ってないので、不思議に思って提案してみた。


「あー。そっか、楽しすぎて忘れてた。料理くらいは撮っておくかな」

軽く言い放つ。


資料として使うと思ってたのに、撮ってなかったなんて無駄足じゃないの?

呆れていたら、先生が。


「思い出せなかったら、さくらとまた来ればいいだろ?」


「はっ、私と……ですか?なぜ――」


「他にだれがいんの?あ、俺この鮫バーガーっての気になる。ハリセンボン唐揚げだって、名前だけかな?それとも材料――」


メニューを分析し始めた先生を横目に、さっきの発言の意図を考えていたけど、聞くのが少し怖くて適当に相づちを打ってしまった。


結局、先生は鮫バーガーと炭酸。

私は先生が気になっていた、ハリセンボン唐揚げ定食にした。もちろん、先生にも分けてあげる。

うん、普通の唐揚げだ。


「先生。ハンバーガーだけで足りますか?」


「ん、デザート食べるか迷う。食べすぎると眠くなるからなあ」


「こういうところで食べたいと思ったら、躊躇したら駄目ですよ。雰囲気を味わうためにも食べるべきです」

ご当地とか、限定メニューとか。

デートや非日常感を高めるためにも大事なスパイスだ。


私の後押しを得て、先生はデザートを幸せそうに食べる。

私も小さなケーキセットを頼んだ。甘さが染み渡る。


「じゃあ、続けて回ろうか。後は体験型ってやつか?」


この水族館はイルカショーがある。

確認するとちょうどよい時間なので、屋外の大きなプールに行ってみた。


「イルカショーって近いと水かかるって書いてあったな。近くに行ってみる?」

先生が提案してくるが、丁寧に断った。


「あれ、すごく水浴びますよ。着替えもないし、夏じゃないので乾きません。だから却下します」

残念そうな先生を引っ張って、すり鉢上に配置されてるベンチの、上の席に座る。


イルカショーが始まって水かけを眺める。


「うわっ。俺たち、ああなるところだったのか」

理解してくれたらしい。

その後に続く言葉に、私は――


「さくら。夏になったら、あれやってみたい」


夏なんて、私と先生がどうなっているか分からないのに。

胸の奥がちくりとした。



言うべきか迷ったけど、ここで言っておかないとだめな気がした。

私たちの関係。


「……先生。私は、担当編集です。しかも新人です。こうやって、いつまで先生のサポートが出来るかわかりませんよ」


心臓に耳がついたみたいに、自分の音がうるさい。


「え?」


一言、こぼれ落ちた。

そうっと綾野先生を見た。

綾野先生は、今初めてその事実を知ったかのような、驚いた顔をしていた。


「あ、ああ――」

私から目をそらした先生の横顔は、メガネのフレームで目線が分からない。

先生が、黙ったままイルカショーは閉幕した。


「先生。イルカショー終わりましたよ」


「ん、いつの間に」

先生はハッとして顔を上げた。


私の方がベンチから先に立ち上がる。

「……痛っ」

小さく呻いてしまった。


「さくら?」


歩き回ったせいで、ブーツを履いた指先がじんじんする。

まだ硬いブーツは、私の足に馴染んでいなかった。


綾野先生の事と似ている。

まだ新人の私は、編集として仕事をこなし、柔軟に対応していかなきゃいけないのに。


初めての担当補助。

頼られていることに浮かれていたのは、私の方だ。


そこには、思ったより自分の素の感情が乗ってたみたい。


作家と編集――仕事であって、特別な関係でも、何でもないのに。


私、何に対してイライラしているんだろう。

仕事で綾野先生に振り回された事?

自分の感情に向き合えないところ?


分からない――心臓がぎゅっと鷲掴みにされたように痛い。


「靴か?脱いで見せてみ――」


「大丈夫です!」


思わず先生の手を、思い切り振り払ってしまった。

少し赤くなった先生の手を見て、罪悪感が広がる。


「私、先生の執筆のための取材についてきたつもりです。仕事です。楽しむためでは、なかったんです」

俯いて、膝の上で拳を握りしめる。

これは、先生にではなく、自分へ言った言葉だ。


「さくら……それは」

「先生が、水族館を楽しんでいたので……線を引かなかった私が、編集として未熟だったんです」


その場で、二人とも沈黙に沈んでしまった。

ずきずきしてるのは、足か、心か。


何か言わなきゃ、と思うけど、言葉が出てこない。


「さくら。お前が言いたいことも分かる。編集者として、一定の距離がほしいって事だな?」


「……はい、そう、ですね」

言葉にすると、距離って残酷な響きだ。



「じゃあ、聞くけど。編集と作家の距離って何?」


「え」


思いもよらない問い掛けに、頭をひねった。

一定の距離。ビジネスライクな距離だよね。

そもそも、ビジネスライクな距離とは――


「俺とさくらって作家と編集だよな。その距離って、誰が決めんの?俺かお前か、第三者か」


「ええっと、編集部の先輩には……作家のプライベートには、近づきすぎるなと言われてまして……」


「俺のプライベートって何?どこからがプライベートで、どこから仕事の距離?」


ん?混乱してきた。


「それって、俺が決めちゃだめなのか?さくらは、こうやって俺に付き合ってるのは嫌?」

綾野先生は、私の顔を覗き込むように近づいた。


「私……は、先生とこうして出かけるのは、嫌じゃないです」


「あー!あのお姉ちゃんとお兄ちゃんチューしてる!!」

子どもと、コラッ!と叱る大人の声が聞こえた。

慌てて二人とも距離を取る。


「というわけで、取材続行。あとは、お前の反応次第。嫌なら嫌って言え」

すごい上から目線で言われた。


「――俺は今日すごく楽しいぞ。お前も楽しかったら、俺は嬉しい……あ、小説の台詞にどうだ?」


「小説の台詞にですか?まあ、アリですね」

つい冷静に返してしまう。


「これなら、取材にもなるだろう?俺はさくらの楽しそうな顔が見たかったんだよ――」

そう言って、先生は私の手を持ち上げ指先にキスを落とす。


「……初デートでそれは、気障すぎます」

そう言いながらも、頬は熱くなってくる。


「そうだよ、初デートだよ。悪かったな」

プイッと横を向いたあと手だけ差し出す。

デート?

今、デートって言ったの?


「さあ、遊び尽くそう」

ニッと笑った先生は、その後も体験コーナーで大はしゃぎしていた。

デートかあ。

取材でも、デートでも先生と一緒にいる時間には変わりはない。

ぐずぐず悩むより、デートという名の取材を――楽しもうと思った。


最後に、お土産コーナーで先生は。

「こういうデートって、お土産とかなに買うの?」

と聞いて来たので。

「んー。デートだったら、思い出に”お揃いの物”とかですかね」


「じゃあ。ほら、これなんかいいだろう」


そう言って、先生は私にくらげのキーホルダーを渡してきた。

もう買っておいたみたい。

いつのまに。


「お揃い――これ見たら、思い出すよな?」


私の手の中の、小さなくらげのキーホルダーは、淡いピンク色をしていた。


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