12話
更新です。
今日は文字数いつもよりは多いです。
よろしくお願いしますm(_ _)m
「……ハリセンボン……って、可愛いですか?」
絞り出した言葉がこれだ。
「身を守ろうと針立てんの、可愛くないか?健気だろう?」
ドヤッとした顔をして話している。
ハリセンボンに例えられた女心は、とてもとても複雑だ。
「膨れんなよ。飯食いにいこう、ほら」
立ち上がった先生は、私を引っ張った。
嬉しそうに指を絡めて先導する先生はある意味目立つ。
満面の笑みのイケメンがいたら見ちゃうよね。
水族館のフードコートに着いてメニューを眺める。
「へえ、水族館のメニューってこんなのか」
「先生。取材なら、資料として写真撮った方がいいと思いますよ」
先生が全然写真を撮ってないので、不思議に思って提案してみた。
「あー。そっか、楽しすぎて忘れてた。料理くらいは撮っておくかな」
軽く言い放つ。
資料として使うと思ってたのに、撮ってなかったなんて無駄足じゃないの?
呆れていたら、先生が。
「思い出せなかったら、さくらとまた来ればいいだろ?」
「はっ、私と……ですか?なぜ――」
「他にだれがいんの?あ、俺この鮫バーガーっての気になる。ハリセンボン唐揚げだって、名前だけかな?それとも材料――」
メニューを分析し始めた先生を横目に、さっきの発言の意図を考えていたけど、聞くのが少し怖くて適当に相づちを打ってしまった。
結局、先生は鮫バーガーと炭酸。
私は先生が気になっていた、ハリセンボン唐揚げ定食にした。もちろん、先生にも分けてあげる。
うん、普通の唐揚げだ。
「先生。ハンバーガーだけで足りますか?」
「ん、デザート食べるか迷う。食べすぎると眠くなるからなあ」
「こういうところで食べたいと思ったら、躊躇したら駄目ですよ。雰囲気を味わうためにも食べるべきです」
ご当地とか、限定メニューとか。
デートや非日常感を高めるためにも大事なスパイスだ。
私の後押しを得て、先生はデザートを幸せそうに食べる。
私も小さなケーキセットを頼んだ。甘さが染み渡る。
「じゃあ、続けて回ろうか。後は体験型ってやつか?」
この水族館はイルカショーがある。
確認するとちょうどよい時間なので、屋外の大きなプールに行ってみた。
「イルカショーって近いと水かかるって書いてあったな。近くに行ってみる?」
先生が提案してくるが、丁寧に断った。
「あれ、すごく水浴びますよ。着替えもないし、夏じゃないので乾きません。だから却下します」
残念そうな先生を引っ張って、すり鉢上に配置されてるベンチの、上の席に座る。
イルカショーが始まって水かけを眺める。
「うわっ。俺たち、ああなるところだったのか」
理解してくれたらしい。
その後に続く言葉に、私は――
「さくら。夏になったら、あれやってみたい」
夏なんて、私と先生がどうなっているか分からないのに。
胸の奥がちくりとした。
言うべきか迷ったけど、ここで言っておかないとだめな気がした。
私たちの関係。
「……先生。私は、担当編集です。しかも新人です。こうやって、いつまで先生のサポートが出来るかわかりませんよ」
心臓に耳がついたみたいに、自分の音がうるさい。
「え?」
一言、こぼれ落ちた。
そうっと綾野先生を見た。
綾野先生は、今初めてその事実を知ったかのような、驚いた顔をしていた。
「あ、ああ――」
私から目をそらした先生の横顔は、メガネのフレームで目線が分からない。
先生が、黙ったままイルカショーは閉幕した。
「先生。イルカショー終わりましたよ」
「ん、いつの間に」
先生はハッとして顔を上げた。
私の方がベンチから先に立ち上がる。
「……痛っ」
小さく呻いてしまった。
「さくら?」
歩き回ったせいで、ブーツを履いた指先がじんじんする。
まだ硬いブーツは、私の足に馴染んでいなかった。
綾野先生の事と似ている。
まだ新人の私は、編集として仕事をこなし、柔軟に対応していかなきゃいけないのに。
初めての担当補助。
頼られていることに浮かれていたのは、私の方だ。
そこには、思ったより自分の素の感情が乗ってたみたい。
作家と編集――仕事であって、特別な関係でも、何でもないのに。
私、何に対してイライラしているんだろう。
仕事で綾野先生に振り回された事?
自分の感情に向き合えないところ?
分からない――心臓がぎゅっと鷲掴みにされたように痛い。
「靴か?脱いで見せてみ――」
「大丈夫です!」
思わず先生の手を、思い切り振り払ってしまった。
少し赤くなった先生の手を見て、罪悪感が広がる。
「私、先生の執筆のための取材についてきたつもりです。仕事です。楽しむためでは、なかったんです」
俯いて、膝の上で拳を握りしめる。
これは、先生にではなく、自分へ言った言葉だ。
「さくら……それは」
「先生が、水族館を楽しんでいたので……線を引かなかった私が、編集として未熟だったんです」
その場で、二人とも沈黙に沈んでしまった。
ずきずきしてるのは、足か、心か。
何か言わなきゃ、と思うけど、言葉が出てこない。
「さくら。お前が言いたいことも分かる。編集者として、一定の距離がほしいって事だな?」
「……はい、そう、ですね」
言葉にすると、距離って残酷な響きだ。
「じゃあ、聞くけど。編集と作家の距離って何?」
「え」
思いもよらない問い掛けに、頭をひねった。
一定の距離。ビジネスライクな距離だよね。
そもそも、ビジネスライクな距離とは――
「俺とさくらって作家と編集だよな。その距離って、誰が決めんの?俺かお前か、第三者か」
「ええっと、編集部の先輩には……作家のプライベートには、近づきすぎるなと言われてまして……」
「俺のプライベートって何?どこからがプライベートで、どこから仕事の距離?」
ん?混乱してきた。
「それって、俺が決めちゃだめなのか?さくらは、こうやって俺に付き合ってるのは嫌?」
綾野先生は、私の顔を覗き込むように近づいた。
「私……は、先生とこうして出かけるのは、嫌じゃないです」
「あー!あのお姉ちゃんとお兄ちゃんチューしてる!!」
子どもと、コラッ!と叱る大人の声が聞こえた。
慌てて二人とも距離を取る。
「というわけで、取材続行。あとは、お前の反応次第。嫌なら嫌って言え」
すごい上から目線で言われた。
「――俺は今日すごく楽しいぞ。お前も楽しかったら、俺は嬉しい……あ、小説の台詞にどうだ?」
「小説の台詞にですか?まあ、アリですね」
つい冷静に返してしまう。
「これなら、取材にもなるだろう?俺はさくらの楽しそうな顔が見たかったんだよ――」
そう言って、先生は私の手を持ち上げ指先にキスを落とす。
「……初デートでそれは、気障すぎます」
そう言いながらも、頬は熱くなってくる。
「そうだよ、初デートだよ。悪かったな」
プイッと横を向いたあと手だけ差し出す。
デート?
今、デートって言ったの?
「さあ、遊び尽くそう」
ニッと笑った先生は、その後も体験コーナーで大はしゃぎしていた。
デートかあ。
取材でも、デートでも先生と一緒にいる時間には変わりはない。
ぐずぐず悩むより、デートという名の取材を――楽しもうと思った。
最後に、お土産コーナーで先生は。
「こういうデートって、お土産とかなに買うの?」
と聞いて来たので。
「んー。デートだったら、思い出に”お揃いの物”とかですかね」
「じゃあ。ほら、これなんかいいだろう」
そう言って、先生は私にくらげのキーホルダーを渡してきた。
もう買っておいたみたい。
いつのまに。
「お揃い――これ見たら、思い出すよな?」
私の手の中の、小さなくらげのキーホルダーは、淡いピンク色をしていた。




