9話
そこで、宮古先輩に連絡いれてくるからと席を外すことにした。
『――そうなのね、分かったわ。詩織さんにも連絡がついて、病院に迎えに行くそうよ』
「はい、綾野先生に伝えておきます。では、失礼します」
宮古先輩へ報告して、点滴終了後帰宅と伝える。
綾野先生のところへ戻ると、点滴が終わっていた。
「先生、詩織さんが迎えに来るそうです」
綾野先生の荷物を持とうとする。
「自分で持つから大丈夫」
パッと横取りされて、先に歩き出した。
会計をして、薬局で薬をもらい詩織さんを待つ。
先生は、まだ拗ねてるのか、なんなのか。会話もせずに気まずい空気が流れる。
しばらく病院の待合室で待っていると、詩織さんが来てくれた。
「サク!熱出したって聞いたけど、また無理したのね?」
詩織さんは心配、というよりお説教モード寄りだ。
先生の返事を待たずにこちらへ目を向けた。
「桜ちゃん、病院に連れてきてくれてありがとう」
ペコリと頭を下げられる。
「いいえ、大事にならなくて良かったです。じゃあ、私は帰りますね」
立ち上がり、そのまま病院の出口に向かおうと思ったら、ぎゅっと上着の端を掴まれた。
「……お礼もせずに帰すわけにはいかない。姉貴、後でさくらの家まで送ってくれる?」
「そうね、いいわよ。桜ちゃん、車までサクを支えて連れてきてくれる?」
綾野先生自分で歩けるし、気まずいんだけど。と躊躇っていると。
「さくら――手引いて」
先生が手を伸ばしてきたので、反射的に手を取り立ち上がらせた。
そのまま背中に手を添えながら、並んで歩き出した。
綾野先生は大きな溜め息をついた。
私はイライラして、つい言ってしまった。
「一体何が不満なんですか?私が病院に付き添うのが、そんなに不満だったんですか?」
人がこれだけ心配したのに、この態度。
さすがに頭にくる。
先生は、少し焦った顔をした。
「違うんだ……俺、締切直前になると体調崩しやすくて。気をつけてたんだけど……」
「それで?分かってるなら――」
言葉を続けようとしたら、綾野先生が口を開いたのでぐっと飲み込んだ。
「……行きたくて。お前とわんことの散歩について行きたかったんだ。それで、ここ数日寝ないで仕上げを……ごめん」
横を見上げると、真っ赤な顔を隠した手がプルプルと震えている。
言葉を失い立ち止まった。
人間、予想外の事が起きると思考停止するんだね。
「二人とも、こっちに車止めてるの」
気まずい地獄に天の声――。
向こうで詩織さんが手招きしている。
「あ、はい!……先生、もう少しで車ですから」
「……うん」
なにこの空気。
さっきも気まずい地獄だったけど、今度は違う意味で気まずい。
詩織さんの車で先生のマンションに到着。
部屋に入ると、先生は休むと言って寝室へ籠った。
「桜ちゃん、本当にありがとう。助かったわ」
詩織さんは、笑顔でそう言いながら、お茶と某有名店のお菓子をすすめてくれた。
「そんな、たまたま気づいただけで」
「貴女がいなかったら入院していたかもしれないし、何度もやらかしてるのよ。その度、おばあ様に……っと、喋りすぎたわ」
詩織さんは慌てて口を噤んだ。
「そういうことだから、桜ちゃん、これからもよろしくね♪」
「あ、私は担当として来てるだけなので……」
よろしくと言われても、ビジネス的な関係だ。
あまり私生活に入り込むのはNGである。
「ふふ。その間だけでもいいから。うるさく言ってあげてちょうだい。あ、そのお菓子。美味しいから食べて食べて」
詩織さんは、うまく話題を変えた――ように見えた。
まあ、お茶とお菓子は賄賂というわけでもないだろうし。
ここのお菓子美味しいんだよね、ありがたく頂くことにした。
その後、家に車で送ってもらって、またいつもの日々に戻ると思ったのだけど――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『桜、今月空いてる平日あるか?』
綾野先生からの連絡。
土日しか空いてない事を伝える。すぐに返信がきた。
『土日の方が参考になるか。でも、俺は混んでるの苦手だから土曜日な。来週の土曜日空けとけよ』
一方的に約束を取り付けてきて返信が来なくなった。
「強引な……せめて説明してよ」
予定をメモしておく。
最近の綾野先生の行動を思い浮かべた――
――熱騒ぎから綾野先生は体調に気を付けている。
私が綾野先生のところへ行く日には、わんこと三人で外に出る。
愚痴も減って少し肌艶が良くなってきた。
そして、変わったことといえば――
「これ、食ってみろ。そして、俺に感想を言え」
「いただきます……ん、なかなか。美味しいですね」
「だろう!俺って料理も意外と才能あるかも」
と言いながら、にやにやと私が食べるのを見ている。
いつの間にか、彼は料理に嵌まっていた。
しかも。
「さくら、これも食え」
まるで雛鳥に餌付けするかのように私の口へとせっせと運ぶ。
「……自分で食べられますけど」
「そんな細かいこと気にするな。こっちも自信作なんだよ。ほら、口開けろ」
何だろうか。すごくむず痒い。
私に食べさせようとするのを、箸を取り上げ阻止して自分で食べる。
「うん、甘辛さが癖になりますね」
「違います。これは担当編集者の仕事じゃありません!」
……って言えたら良いのかもしれないけど。
無邪気に喜ぶ先生を前にして拒否なんて出来なかった。
せっかく体調が整ってきたのに、水なんて差せないよね。




