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第9話 選ばれるということ

 夜明け前、診療所の扉が叩かれた。


 強く、焦った音だった。


「……先生!」

 外から叫ぶ声。

「お願いだ、来てくれ!」


 目を開けた瞬間、嫌な予感が胸を掠めた。

 こういう叩き方をする時は、決まって——手遅れに近い。


 扉を開けると、農夫の男が立っていた。

 息が荒い。顔は土色だ。


「娘が……急に倒れた」

「回復魔法は?」


「もう使った!」

 男は叫ぶ。

「三回だ! なのに、息が……」


 三回。

 それだけで、だいたい分かる。


「案内してくれ」


 家は町の端にあった。

 粗末な木造。中は冷え切っている。


 寝台に横たわる少女は、十五歳ほど。

 唇が紫色に変わり、呼吸が浅い。


 ——まずい。


 触れた瞬間、全身を嫌な感覚が走った。

 魔力が、滞留している。

 しかも、複数箇所。


 回復魔法で、無理に押し込んだ結果だ。


「……これは」


 言葉を選ぶ前に、リーナが息を呑んだ。


「そんな……昨日まで、普通だったのに」


「昨日、何をした」

 俺は父親に聞く。


「……熱があって」

 男は震える声で言う。

「薬師が効かないって言って……それで、魔法を」


 責める気にはなれなかった。

 それしか、選択肢がなかったのだ。


「治る?」

 父親が、縋るように聞く。


 俺は、即答できなかった。


 ——治せる。

 ——だが、今までで一番危険だ。


「……やる」

 俺は言った。

「ただし、条件がある」


「なんでもする!」


「回復魔法は、もう使うな」

「……それで、本当に」


「今は、それが一番の毒だ」


 父親は一瞬迷い、

 そして、歯を食いしばって頷いた。


「……分かった」


 それを見て、決意が固まった。


 俺は深く息を吐き、少女の背中に手を当てた。

 冷たい。だが、奥は焼けるようだ。


 ——流れを一本に戻す。

 ——全部を救おうとするな。


 ゆっくり、圧をかける。

 一点ずつ、逃げ道を作る。


 少女の体が、微かに震えた。


「……っ」


「大丈夫だ」

 俺は低く言う。

「今、体が思い出してる」


 リーナが、唇を噛みながら見守る。

 彼女は手を出さない。

 ——それが、最善だと理解している。


 時間が、やけに遅く感じた。


 汗が、背中を伝う。

 集中を切らすと、全てが崩れる。


 ——どくん。


 胸の奥で、確かな手応えがあった。


「……呼吸が」


 リーナが、小さく声を上げる。


 少女の呼吸が、深くなる。

 まだ不安定だが、死線は越えた。


 俺は、次の段階に移る。


「……今だ」


 リーナが、小さく頷き、弱い回復魔法をかける。

 光が、静かに染み込むように広がった。


 今度は、拒絶がない。


「……生きてる」


 父親が、崩れ落ちた。


 俺は、手を離さず、最後まで見届ける。

 完全に安定するまで、油断はできない。


 外が、騒がしくなっていた。


 いつの間にか、家の外に人が集まっている。

 囁き声。

 不安と期待が混じった空気。


「……助かったのか?」

 誰かが言う。


 俺は、立ち上がり、外に出た。


「命は、助かった」

 静かに言う。

「だが、治療は続く」


 一瞬の沈黙。

 そして、誰かが言った。


「……回復魔法じゃ、駄目だった」


 それは、告発の言葉ではない。

 ただの事実だ。


 町の人々の視線が、一斉に俺に集まる。


 疑い。

 期待。

 そして——選択。


 鍛冶屋の男が、一歩前に出た。


「……俺は、この人に診てもらう」

 短く、言い切る。


 農夫が、続いた。


「うちもだ」


 薬師が、黙って頷く。


 リーナが、俺を見る。

 不安と覚悟が入り混じった目。


 ——もう、後戻りはできない。


 この町は、俺を選んだ。

 同時に、俺もこの町を選んだ。


 王都の制度から見れば、

 これは“危険な医療”だろう。


 だが。


 治らないまま死ぬより、

 治る可能性に賭ける方が、

 よほど人間らしい。


 夜が明ける。

 辺境の町に、新しい一日が始まる。


 ここから先は、

 逃げ場のない道だ。


 それでも——

 この手は、止めない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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