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第8話 変わったこと

 診療所の朝は、早い。


 陽が完全に昇る前から、リーナは動いていた。

 薬草を刻み、器具を洗い、包帯を干す。

 慣れた手つきだが、余裕はない。


「……一応言っておくけど」


 彼女は作業をしながら言った。


「期待はしないで。

 この町、噂は早いけど、信頼は遅いの」


「十分だ」


 俺は少年の脚に触れながら答えた。

 昨日より、熱が少し下がっている。


 ——流れは、できている。


 派手な変化はない。

 だが、身体は嘘をつかない。


「……痛い?」


 少年が首を振る。


「昨日より、まし」

「夜、起きなかった」


 それだけで、十分だ。


 俺は、脚の付け根からゆっくり圧をかける。

 急がない。

 ここで焦ると、また歪む。


「ねえ」

 少年が小さな声で聞く。

「これ、いつまでやるの?」


「……そうだな」


 俺は少し考えた。


「痛くなくなるまで」

「でも、途中でやめない」


「なんで?」


「途中でやめると」

 俺は言葉を選ぶ。

「体が、覚え間違える」


 少年は分かったような、分からないような顔で頷いた。


 治療が終わると、リーナが記録を取る。

 王都ほど整ってはいないが、それでも丁寧だ。


「……数字、変わってる」

 彼女が呟く。

「脈拍、呼吸、昨日より安定してる」


「当たり前だ」


 彼女がこちらを見る。


「……自信あるのね」


「経験があるだけだ」


 それ以上は言わなかった。


 昼前、診療所の扉がノックされた。


「……すみません」


 入ってきたのは、鍛冶屋の男だった。

 昨日、俺を一蹴した男。


「診てもらえると聞いた」

 彼は、ぶっきらぼうに言う。

「腕が、動かなくてな」


 リーナが一瞬、俺を見る。

 “どうする?”という視線。


「順番なら、いい」


 俺はそれだけ答えた。


 鍛冶屋は、居心地悪そうに腰を下ろす。


「回復魔法は?」

 彼が聞く。


「一回で効かなかった」

 俺は即答する。

「何回もやって、こうなった」


 男は、黙った。


 触れると、すぐ分かる。

 無理に修復され、動きを忘れた筋。


「……仕事、無理してたな」


「当たり前だ」

 男は吐き捨てる。

「休めば死ぬ」


 俺は、何も言わなかった。

 それも、現実だ。


 ゆっくり、動かす。

 痛みが出る手前で止める。


「……っ」


 男が歯を食いしばる。


「効いてる?」

 俺が聞く。


「……分からん」

 少し間を置いて、

「でも、変だ」


「変?」


「……軽い」


 それ以上、彼は言わなかった。


 治療が終わると、男は立ち上がり、腕を回す。


「……」


 何度か試し、

 そして、小さく息を吐いた。


「……悪くない」


 それが、この町での最大級の賛辞だった。


 午後、もう一人来た。

 農夫。腰痛。


 次は、薬師が顔を出した。

 「見学していいか」と。


 誰も大声では言わない。

 だが、確実に人は増えていく。


 夕方、診療所の外に人影があった。

 少年の母親だ。


「……歩けました」


 彼女は、泣きそうな顔で言った。


「家の中を、ひとりで」


 俺は頷く。


「まだ無理はするな」


「はい……はい……」


 彼女は何度も頭を下げた。


 その様子を、遠くで誰かが見ていた。

 町の人間だ。


 噂は、こうやって始まる。


 夜。

 診療所の灯りが落ちた後、リーナが言った。


「……変わったわ」


「何が」


「町の空気」

 彼女は窓の外を見る。

「まだ信じてない。でも——」


 言葉を探し、続ける。


「“無視”は、されなくなった」


 俺は、小さく息を吐いた。


 ——十分だ。


 王都で欲しかった評価は、ここにはない。

 でも、ここには——


 必要としている人間がいる。


「明日も来る」

 俺は言った。


 リーナは、少し驚いた顔をしてから、

 静かに笑った。


「……ええ」

「逃げないでね」


「逃げる理由がない」


 診療所を出ると、夜風が冷たい。

 星は、王都よりずっと近く感じた。


 追放された場所で、

 ようやく立てた気がする。


 ここで、

 治せるだけ治そう。


 それでいい。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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