第7話 何もない場所
辺境の町は、思っていたより静かだった。
城壁は低く、ところどころ崩れている。
舗装された道は途中で途切れ、土と石が混じった地面に変わる。
——王都とは、別の世界だ。
「ここが、お前の行き先だ」
馬車を降りると、同行していた役人が淡々と言った。
見送りというより、引き渡しに近い。
「医療施設は?」
俺が聞く。
「あるにはある」
役人は肩をすくめた。
「回復魔法使いが一人。薬師が一人。以上だ」
それだけで、この町の事情は分かった。
「勝手に死なれても困る」
役人は続ける。
「治療は自己責任でやれ。
王都の名前は出すな」
「分かってる」
役人はそれ以上何も言わず、馬車に戻った。
車輪の音が遠ざかる。
——置き去り、だな。
俺は町を歩き出した。
人の数は少ない。
表情は硬く、どこか諦めが滲んでいる。
「……よそ者か?」
声をかけてきたのは、年配の男だった。
鍛冶屋らしい。腕が太く、背中が丸い。
「ああ」
俺は頷く。
「治療師だ」
「治療師?」
男は眉をひそめた。
「回復魔法は使えるのか」
「使えない」
即座に、興味を失った顔になる。
「じゃあ、用はない」
男は背を向けた。
「ここじゃ、魔法がなきゃ話にならん」
——そうだろうな。
俺は追わなかった。
説得は、信頼があって初めて成立する。
町の中央に、小さな建物があった。
看板には「診療所」と書かれている。
中に入ると、薬草の匂いが鼻を突いた。
簡素な棚。古いベッド。
そして——疲れ切った顔の女性。
「……患者なら後にして」
彼女は顔も上げずに言う。
「今は回せない」
「俺は患者じゃない」
「じゃあ何」
「治療師だ」
彼女が顔を上げた。
若い。二十代後半くらいか。
「回復魔法は?」
「使えない」
またか、という顔。
「じゃあ無理」
即答だった。
「ここは人手不足なの。
素人の手を借りてる余裕はない」
「素人じゃない」
俺は言った。
「鑑定できる?」
「できない」
女性はため息をついた。
「……じゃあ、帰って」
「帰る場所がない」
少しだけ、間が空いた。
「……追放組か」
彼女は察したように言う。
「王都から?」
「まあな」
彼女はしばらく俺を見てから、背中を向けた。
「勝手にしなさい」
「ただし、責任は取らない」
「患者も、あなたを信じない」
「構わない」
本心だった。
そのとき、奥からうめき声が聞こえた。
「……っ、痛……」
女性が舌打ちする。
「また、か」
彼女は俺を振り返る。
「言っておくけど」
「ここで一番多いのは、治らない症状よ」
——慢性症状。
——回復魔法の“残骸”。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「見せてくれ」
女性は一瞬迷い、
やがて言った。
「……一人だけ」
「それで何も変わらなかったら、出て行って」
奥の部屋。
ベッドに横たわっていたのは、少年だった。
十歳前後。顔色が悪い。
「脚が、ずっと痛いの」
女性が説明する。
「何度回復魔法をかけても、治らない」
俺は頷き、少年の脚に触れた。
——ああ。
即座に分かった。
流れが、完全に歪んでいる。
修復のたびに、道を壊してきた結果だ。
「……治る」
思わず、口に出ていた。
「え?」
女性が振り向く。
俺は言い直す。
「時間はかかる」
「でも、治る」
少年が、不安そうに俺を見る。
「……ほんと?」
俺は、頷いた。
「約束はしない」
「でも、やれることは全部やる」
少年は、少しだけ笑った。
——ああ。
この場所だ。
評価も、制度も、肩書きもない。
ただ、目の前に「治っていない体」がある。
それだけで、十分だった。
女性が、静かに言った。
「……名前は?」
「アークだ」
「私はリーナ」
彼女は短く言った。
「信用はしない。でも……」
一拍置いて、続ける。
「患者は、任せる」
俺は、深く息を吐いた。
——ここから始めよう。
この、何もない場所から。
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