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第5話 止められない手

 夜のギルドは、昼とは別の顔をしていた。


 酒の匂いは薄れ、代わりに湿った石の冷気が漂っている。

 廊下の灯りは最低限。足音が、やけに大きく響いた。


 ——静かすぎる。


 嫌な予感は、だいたい当たる。


「……アーク」


 小さな声で呼ばれて、振り向いた。

 受付の女性だ。昼間の毅然とした表情はなく、焦りが滲んでいる。


「奥の治療室」

 彼女は短く言った。

「王都の監視が入る前に……一人、運ばれてきた」


「重いか」


 彼女は、わずかに頷いた。


「回復魔法が、効かない」


 胸の奥が、静かに沈んだ。

 禁止令が出た直後に、それか。


「医療局は?」

「まだ知らない。けど、時間の問題よ」


 俺は迷わなかった。

 迷う理由が、なかった。


「案内してくれ」


 治療室の奥、さらに奥。

 普段は使われない、小さな部屋だった。


 ベッドの上に横たわっているのは、若い女性。

 二十歳そこそこだろう。鎧は外され、腹部に布が当てられている。


「魔獣にやられた」

 受付の女性が言う。

「刃じゃない。内側が……おかしい」


 触れる前から分かった。

 空気が、歪んでいる。


 ——内出血じゃない。

 ——魔力の暴走だ。


 回復魔法で無理に修復しようとして、

 流れが完全に壊れている。


「……これは」


 言葉が、少しだけ遅れた。


「助からない?」

 受付の女性の声が、かすれる。


 俺は首を振った。

「助かる。ただし——」


 その先は、言わなかった。


 ——禁止令を破る。

 ——完全に。


 俺は布を外し、腹部に触れた。

 冷たい。だが、その奥は焼けるように熱い。


 詰まり。

 逆流。

 そして、行き場を失った力。


「……今からやることは」

 俺は言った。

「ここでは“正しくない医療”だ」


 受付の女性は、唇を噛んだ。

「それでも、やる?」


 俺は、女性患者の顔を見た。

 浅い呼吸。必死に生きようとしている身体。


「やらない理由がない」


 深く息を吐く。

 頭の中が、澄んでいく。


 ——流れを作れ。

 ——出口を、間違えるな。


 俺は腹部から離れ、背中側に回った。

 現代なら、確実に止められる手技だ。


 だが、ここは異世界だ。

 魔力が、生命力として直接流れている。


「……耐えろ」


 そう声をかけて、指を沈めた。


 女性の体が、大きく跳ねる。

 だが、悲鳴は上がらない。


 次の瞬間——


 どくん。


 部屋の空気が、揺れた。


「……え?」


 受付の女性が、目を見開く。


 呼吸が、変わった。

 さっきまで、追い立てられるようだった息が、

 “自分の速度”に戻る。


 俺は止めない。

 一気に流すと、壊れる。


 ゆっくり、確実に。


 額に汗が滲む。

 指が、熱を帯びる。


「……今だ」


 俺は、入口の方に向かって叫んだ。


「回復魔法を一回だけ。弱く!」


 一瞬の迷いの後、若い魔法使いが応じる。

 淡い光が走る。


 今度は、違った。

 修復が、自然に馴染んでいく。


「……安定してる」

 魔法使いの声が、震えた。

「今までと、全然違う……」


 俺は、ようやく手を離した。


 女性の呼吸は、穏やかだった。

 生きている。確かに。


 ——その瞬間。


 扉が、勢いよく開いた。


「何をしている!」


 昼間の男——王都医療局の調査官。

 背後には、武装した兵。


 空気が、一気に凍る。


「禁止を命じたはずだ」

 男の声は、怒りよりも冷たい。

「これは明確な違反だ」


 俺は、静かに立ち上がった。


「そうだな」


 否定はしない。

 言い逃れもしない。


「だが、治した」


 男の視線が、ベッドの女性に向く。

 安定した呼吸。回復した魔力の流れ。


 一瞬だけ、言葉に詰まったのが分かった。


 だが、すぐに表情を戻す。


「……だからこそ危険だ」

 彼は言った。

「個人の判断で命を弄ぶ者を、我々は許可できない」


 俺は、一歩前に出た。


「なら聞く」

「何だ」


「今、ここで俺を止めて」

 俺は言った。

「この女が死んだら、誰が責任を取る」


 沈黙。


「……詭弁だ」

 男は言う。

「医療とは、個人の善意でやるものではない」


「知ってる」

 俺は答えた。

「だから、現代でも俺は評価されなかった」


 男の眉が、ぴくりと動く。


「だが」

 俺は続けた。

「目の前で死ぬ人間を放っておけ、という制度なら——」


 一拍置く。


「その制度は、間違っている」


 兵たちが、一斉に剣に手をかけた。


 受付の女性が、息を呑む。


 男は、しばらく俺を見つめ——

 やがて、静かに言った。


「……王都へ来てもらう」


 それは、命令だった。


「拒否権はない。

 従わなければ——」


「分かってる」


 俺は答えた。


 連行される覚悟は、できている。

 だが、後悔はない。


 ベッドの女性が、小さく身じろぎした。

 生きている証拠だ。


 それを見て、俺は思った。


 ——ここまでだ。


 ここから先は、

 “治療師”ではいられないかもしれない。


 それでも。


 治せる手を、止めるつもりはない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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