第45話 基準の撤回
決定は、静かに下された。
評議会の公式文書は、
感情を含まない言葉でまとめられている。
判断医療運用指針の改訂について
判断医療は、今後も医療の一形態として存続する。
ただし、単一の優先指針としての扱いは行わない。
各医療機関は、症例ごとに治療方針を決定し、
判断理由を記録すること。
撤回ではない。
廃止でもない。
だが、
強制ではなくなった。
「……戻った、わけじゃないわね」
リーナが、文書を読みながら言う。
「ああ」
「でも」
「押し返した」
アークは、短く答えた。
医療局の現場は、
すぐには変わらない。
基準は残る。
数字も、報告書も。
だが、
医師たちの表情が違った。
「……今回は、
回復魔法を先に使います」
「理由は?」
「迷いました」
「でも、
この患者は、今が限界だと感じた」
誰も、咎めない。
評価も、減点もない。
ただ、
記録される。
アークは、処置室の外でそれを見ていた。
もう、
中に入ることはない。
それでいい。
流派の治療拠点にも、
変化が起きていた。
管理者の男が、
静かに言う。
「……単一基準は、取り下げる」
治療師たちが、
安堵とも困惑ともつかない表情を浮かべる。
「迷っていい」
男は、言葉を選びながら続ける。
「迷ったことを、
隠さなくていい」
それは、
アークの言葉ではない。
だが、
同じ方向を向いている。
夕方、
アークは、医療局の屋上に立っていた。
風が、強い。
「……終わった?」
リーナが、隣に来る。
「一段落した」
「英雄には、ならなかったわね」
「それでいい」
英雄になれば、
また誰かが縛られる。
医療は、
そういうものじゃない。
「あなたの名前、
文書から消えたわよ」
「……そうか」
少しだけ、
胸が軽くなる。
名が消えるのは、
役割が終わった証だ。
だが——
夜、
帳簿の片隅に、
一行が残っているのを見つけた。
判断理由:
「基準はあったが、
それでも違うと感じた」
誰の署名もない。
それでいい。
基準は、撤回された。
だが、
正しさは残る。
そして、
迷いも残る。
それが、
世界が壊れきらなかった証拠だった。
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