第44話 最後の対話
公開討論は、再び評議堂で行われた。
名目は、
「判断医療運用指針の再検討」。
だが実際には、
アーク・シグナスという存在の総括だった。
傍聴席には、市民がいた。
治療師もいた。
貴族も、記録官も。
英雄を見る目ではない。
罪人を見る目でもない。
——判断を委ねる目だ。
アークは、中央に立った。
肩書きはない。
権限もない。
ただの一人の治療師だ。
「まず」
議長が言う。
「越権行為について、
弁明の機会を与える」
アークは、首を振った。
「弁明は、しません」
ざわめき。
「私は、
正しいことをしたとは思っていません」
静まり返る会場。
「必要だっただけです」
流派の管理者が、
思わず口を開く。
「……あなたは、
自分の医療を信じていないのですか」
「信じていません」
即答だった。
衝撃が走る。
「私の医療は」
アークは、続ける。
「広めるべきものではありません」
「それは」
「未完成だからでも、
危険だからでもない」
「人を縛るからです」
会場が、息を呑む。
「判断を教えると」
「人は、
“自分で考えた”と思う」
「でも実際は」
「私の言葉をなぞっているだけだ」
リーナが、静かに聞いている。
「だから」
アークは、はっきり言った。
「私の医療は、
流派になった瞬間、
間違う」
管理者の顔が、歪む。
「では、
あなたは何を残したかった」
議長が、問う。
アークは、一拍置いた。
「立ち止まる理由です」
「判断する前に」
「少しだけ、
考える理由」
「基準があるなら」
「基準を疑う理由」
「それだけでいい」
会場の誰かが、
小さく呟いた。
「……それじゃ、
救えない命もある」
「あります」
アークは、否定しない。
「だから、
医療は苦しい」
「楽な正解なんて、
最初からありません」
沈黙が、長く続いた。
やがて、
議長が口を開く。
「……基準を、撤回することはできない」
「分かっています」
「だが」
議長は、言葉を選ぶ。
「単一の指針として扱うことは、
再考する」
それでいい。
勝利じゃない。
だが、
決着だ。
討論が終わり、
アークは一人、外に出た。
夕暮れの評議堂前。
風が、強い。
「……全部、捨てたわね」
リーナが、隣に立つ。
「ああ」
「後悔は?」
「ある」
初めて、そう言った。
「でも」
「それを、
他人に押しつけるよりはいい」
遠くで、鐘が鳴る。
基準は残る。
流派も残る。
だが、
唯一の正しさは、失われた。
それでいい。
医療は、
答えを示すものじゃない。
問いを、
残すものだ。
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