第41話 強制される判断
通達は、一枚だった。
簡潔で、丁寧で、
逃げ道のない文章。
判断医療に関する運用指針(改訂)
判断医療は、現時点で最も合理的な治療方針と認められる。
各医療機関は、原則として本指針に基づく対応を行うこと。
なお、回復魔法を優先した場合、
その理由を記録し、説明責任を果たすこと。
「原則として」。
その言葉は、
いつも穏やかな顔をしている。
だが実際には、
逆らうなという意味だ。
「……来たわね」
リーナが、紙を見下ろして言う。
「ああ」
アークは、否定しなかった。
判断医療は、
もう“選択肢”ではない。
圧力になった。
医療局の処置室。
若い医師が、患者の前で立ち尽くしている。
「……回復魔法を、
使っていいと思うんです」
声が、わずかに震えていた。
「でも……」
視線が、
机の上の通達に落ちる。
——説明責任。
その言葉が、
判断を縛る。
アークは、何も言わずに見ていた。
この瞬間を、
ずっと待っていたわけじゃない。
だが、
避けられないとも思っていた。
「……使います」
医師は、回復魔法を選んだ。
患者の呼吸が、少し安定する。
助かる可能性は、十分ある。
だが——
医師の表情は、晴れなかった。
処置後、
記録室で、医師が言った。
「……理由を、
どう書けばいいですか」
それが、
もう答えだった。
判断が、
医療の外に引きずり出されている。
「……これは」
アークは、低く言った。
「医療じゃない」
医師が、顔を上げる。
「治療の選択に」
「罰の匂いが混ざった」
「それはもう、
判断じゃない」
リーナが、静かに続ける。
「従わせるための言葉よ」
その日の午後、
アークは評議会に呼ばれた。
「懸念があると聞いた」
議長の声は、冷静だ。
「懸念ではありません」
アークは、はっきり言った。
「これは、医療を装った統制です」
一瞬、空気が固まる。
「強制はしていない」
「いいえ」
アークは、首を振る。
「選ばせているように見せて」
「選べない状況を作っている」
「それは」
「人を救うための判断じゃない」
評議員の一人が、言葉を選ぶ。
「だが、
合理性は——」
「合理性は」
アークは遮る。
「人を救う理由にならない」
「合理的に切り捨てるなら」
「それは、医療ではなく管理です」
沈黙。
誰も、即座に否定できない。
その夜、
アークは医療局を出た。
通りの灯りが、
いつもより強く見える。
世界は、
正しくなろうとしている。
その正しさが、
人を縛り始めている。
アークは、立ち止まった。
——ここだ。
ここが、
引き返せない線だ。
正しさを疑うことが、
悪になる前に。
彼は、静かに決めた。
次は、例外を見せる。
ルールを壊すためじゃない。
救うためだ。
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