第4話 正しくない医療
ギルドの治療室は、思ったより忙しかった。
「次、お願いします」
「脚、まだ痺れるんです」
「昨日より楽だけど、ここが……」
俺は一人ずつ話を聞き、触れ、最低限の調整だけを行った。
派手なことはしない。治せる範囲だけ、確実に。
「……不思議だな」
受付の女性が、少し離れた場所からこちらを見て言った。
「あなたが触った後、回復魔法の効きが良くなる」
「下地を整えてるだけだ」
「それを、医療局は嫌うわ」
彼女は小さく肩をすくめた。
「説明できないものは、管理できないから」
その言葉に、胸の奥が少し冷えた。
——来るな。
そう思った矢先だった。
「失礼する」
治療室の扉が開き、空気が変わる。
整えられた外套。汚れのない靴。
現場の人間じゃない。
「王都医療局から来た」
男は名乗らなかった。
「ここで“非魔法的治療”が行われていると聞いた」
周囲が一斉に黙る。
冒険者たちの視線が、俺に集まった。
「彼だ」
誰かが言った。
男の視線が、俺を測る。
値段をつけるような目だ。
「君が治療師か」
「……仮登録だ」
俺は事実だけを答えた。
「鑑定は?」
「反応しない」
男は、少しだけ口角を上げた。
それが笑みではないことは、すぐ分かった。
「では、正規の医療ではないな」
「結果は出ている」
ガルムが低く言う。
「結果だけでは、医療とは呼ばない」
男は即座に切り返した。
「再現性、責任の所在、事故時の補償。どれも曖昧だ」
——聞き慣れた言葉だ。
現代でも、同じ理屈を何度も聞いた。
「事故は起こしていない」
俺は言った。
「まだ、だ」
男は冷静だった。
「だから、今のうちに止める」
彼は懐から書状を取り出す。
「本日より、王都医療局の調査対象とする。
それまでの間——」
一拍置いて、告げる。
「この治療を禁止する」
ざわり、と空気が揺れた。
「待て」
ガルムが前に出る。
「今、治療を止めれば——」
「命が失われる可能性がある?」
男は遮った。
「それは“違法医療”の典型的な主張だ」
正論。
だからこそ、反論が難しい。
俺は、一歩前に出た。
「条件がある」
「……何だ」
「俺が治療した患者を、全員、記録しろ」
俺は言った。
「回復魔法単独の場合と、比較していい」
男は少しだけ興味を示した。
「自信があるのか」
「ない」
俺は即答した。
「でも、治るべきものは治る」
沈黙。
「……いいだろう」
男は言った。
「だが、その間も“正規医療”の監督下に置く」
監視。
それが何を意味するか、分からないほど鈍くはない。
男が去った後、治療室はしばらく静まり返っていた。
「……やっかいなのを呼んだな」
受付の女性が言う。
「最初から、呼ばれる運命だった」
俺は答えた。
そのとき、入口の方で小さな声がした。
「……先生」
振り向くと、あの青年——古傷の冒険者が立っていた。
歩き方は、まだ慎重だが、確かに安定している。
「治療、止められるんですか」
俺は、少し考えた。
「公式にはな」
「じゃあ——」
俺は、彼の目を見て言った。
「治せないとは、言ってない」
青年は、一瞬驚き、そして——小さく笑った。
その笑顔を見た瞬間、確信した。
——この世界は、
正しい医療を嫌う。
だからこそ、
必要とされる場所が、必ずある。
その夜、俺はギルドの一室で、天井を見上げていた。
静かだ。だが、嵐の前の静けさだと分かる。
制度は、動き始めた。
そして一度動いた制度は、必ず誰かを切る。
——次は、俺だ。
だが、構わない。
治せる限り、治す。
それだけは、もう決めている。
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