第38話 止める責任
基準は、もう走り出していた。
止まらない。
止められない。
それは、
アークが一番よく知っている形だった。
夜明け前、
医療局の裏庭で、
彼は一人、座っていた。
考えているのは、
方法ではない。
責任の取り方だ。
「……表に出る気?」
リーナが、隣に腰を下ろす。
「ああ」
「叩かれるわよ」
「分かってる」
「英雄扱いも、されない」
「それでいい」
英雄になった瞬間、
話は終わる。
今必要なのは、
厄介な存在だ。
午前、
アークは正式に医療評議会へ出頭した。
名目は、
「暫定基準に関する意見聴取」。
部屋には、
評議員、流派の管理者、
回復魔法側の代表が揃っている。
逃げ場は、ない。
「まず」
議長が言う。
「あなたの見解を聞きたい」
アークは、立った。
「この基準は」
彼は、ゆっくり言った。
「誰も責任を取らない設計です」
空気が、張り詰める。
「基準を守れば」
「誰も間違えない」
「だから」
「誰も、判断しない」
評議員の一人が、眉をひそめる。
「現場の負担を減らすためだ」
「負担は」
アークは、視線を逸らさない。
「判断を肩代わりされて、消えただけです」
流派の管理者が、口を開く。
「だが、失敗は減る」
「見えなくなるだけだ」
アークは、即答した。
「記録が」
「基準遵守かどうかしか残らない」
「それで、
誰が学ぶ?」
沈黙。
「……では」
議長が言う。
「あなたは、どうすべきだと」
アークは、一拍置いた。
「止めろとは言いません」
ざわつき。
「ですが」
「責任を、明記してください」
資料を差し出す。
・判断者名の記録
・迷いの有無の記述
・基準外対応時の理由記載
「失敗してもいい」
「だが、
誰が、なぜ切ったかを残せ」
評議員たちは、顔を見合わせた。
「……それは、
現場を萎縮させる」
「違う」
アークは、静かに言う。
「逃げ場を、基準の外に作るだけです」
流派の管理者が、低く言った。
「……あなたは」
「止めたいわけじゃない」
アークは、彼を見る。
「壊したくないだけだ」
その言葉に、
誰もすぐには返せなかった。
会議は、結論を出さずに終わった。
だが、
議事録には、
アークの提案が残った。
それだけで、十分だった。
廊下を出た後、
リーナが言う。
「……これで、
敵は増えたわね」
「ああ」
「でも」
「逃げ場も、できた」
それは、
目に見えない小さな穴だ。
だが、
圧力がかかり続ける世界では、
穴は命綱になる。
アークは、歩きながら思う。
自分は、
流派を作りたくなかった。
基準を作りたくもなかった。
ただ、
責任が消えるのを、見過ごせなかった。
止める責任は、
壊すことじゃない。
残すために、立ち塞がることだ。
——ここから先は、
もっと、厄介になる。
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