第37話 翻訳の断絶
文書は、整いすぎていた。
医療評議会から回された、
新しい運用指針案。
判断医療・暫定基準
・対象症例:回復魔法初期反応が見られない場合
・観察時間:一刻以内
・判断後は原則介入を行わない
・経過は数値で記録すること
紙面には、
無駄がない。
曖昧さも、
感情も、
迷いもない。
——だからこそ。
「……完全に、別物ね」
リーナが、低く言った。
「ああ」
アークは、目を閉じた。
これはもう、
自分の医療じゃない。
「翻訳、
終わったわね」
「違う」
アークは、静かに言う。
「翻訳が、断たれた」
判断は、
数値に変えられた。
迷いは、
誤差として処理される。
恐怖は、
排除された。
——そして。
責任の所在は、
文書のどこにもない。
「これで」
リーナは言う。
「誰が判断したか、分からなくなる」
「それが、狙いだ」
誰かが悪いわけじゃない。
制度は、
いつもそうやって動く。
午後、
評議会の説明会が開かれた。
流派の管理者も、
回復魔法側の医師もいる。
「基準があれば」
評議員が言う。
「現場の負担は減ります」
「迷いも、減る」
——迷いが減る。
その言葉に、
アークの胸が、僅かに痛んだ。
質疑の時間。
若い医師が、手を挙げる。
「……基準に合わない場合は」
「例外処理です」
即答だった。
「だが、原則は守ってください」
原則。
それは、
人を守るための言葉であり、
人を切り捨てるための言葉でもある。
説明会の後、
流派の管理者が、アークに近づいた。
「……これで、
あなたの言う“歪み”は減る」
「いいや」
アークは、首を振る。
「歪みは、完成した」
管理者は、眉をひそめる。
「判断が、誰のものか」
アークは続ける。
「完全に消えた」
「これから失敗しても」
「誰も、間違えたとは言わない」
「基準が、そう言ったからだ」
管理者は、言葉を失った。
夜、
アークは一人で歩いていた。
張り紙が、
新しいものに変わっている。
判断医療:暫定基準に基づく治療
名前が付いた。
基準が付いた。
——これで、
戻れなくなった。
「……あなたの医療は」
リーナが、後ろで言う。
「もう、ない」
「ああ」
アークは、否定しない。
「でも」
彼は、歩みを止めずに言った。
「責任は、残っている」
翻訳は、断たれた。
だが、
断たれた場所は、
はっきりと見える。
そこに、
次の戦場がある。
——ここから先は、
基準と戦う。
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