第36話 敵ではない
夜の医療局は、静かだった。
昼の喧騒が嘘のように、
廊下には足音もない。
アークは、窓際に立っていた。
王都の灯りが、遠くで揺れている。
「……本当に、止めないの?」
リーナが、背後から言った。
「止める方法が、違う」
「それ、
外から見たら逃げに見えるわよ」
「分かってる」
アークは、否定しなかった。
机の上には、
流派の最新報告書が広げられている。
成果。
改善率。
支援金額。
どれも、
救われた人の存在を示している。
「彼らは」
アークは、静かに言った。
「間違ったことをしていない」
「でも、
歪んでる」
「そう」
リーナは、腕を組む。
「じゃあ、敵よ」
「違う」
アークは、はっきり言った。
「敵じゃない」
その言葉に、
リーナは黙った。
「敵にすると」
アークは続ける。
「彼らは、自分たちを正当化する」
「正義は、
敵がいると強くなる」
リーナは、ゆっくり息を吐く。
「……じゃあ、
あなたは何になるの?」
「邪魔な存在」
即答だった。
「称賛されない」
「理解もされない」
「でも」
アークは、視線を落とす。
「判断を急がなくていい余地を、残せる」
リーナは、しばらく黙っていた。
「……あなたらしいわ」
「そうか?」
「ええ」
彼女は、小さく笑う。
「ヒーローにならない選択」
「ヒーローは、
誰かを倒さないと成立しない」
その夜、
流派の治療拠点で、
小さな出来事があった。
若い治療師が、
判断を保留したのだ。
「……すぐ決めなくていい」
そう言って、
回復魔法を使った。
上からは、
不満の声が上がる。
だが、
その患者は助かった。
誰にも、評価されなかったが。
翌朝、
アークの元に、
一通の匿名の報告が届く。
昨夜、
判断を急がず救えた症例がありました
数にはなりません
でも、
助かりました
アークは、その紙を静かに折った。
「……始まってるわね」
「ああ」
それは、
革命ではない。
反乱でもない。
ただ、
正しさの速度を、少しだけ落とす行為。
敵を作らない。
勝利もしない。
だが、
暴走を減らす。
それが、
アークの選んだ道だった。
正義は、
敵がいなくても、
歪む。
だからこそ。
敵にならない者が、
必要だった。
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