第35話 善意の暴走
支援は、好意の顔をしてやって来た。
流派の治療団体に、
王都の有力貴族が資金提供を表明した。
「医療の多様性は、国家の利益になる」
その言葉は、もっともらしかった。
倉庫だった建物は、
数日のうちに改装され、
看板が掲げられた。
判断医療支援拠点
名前は、まだ“流派”ではない。
だが、
組織になり始めている。
「……早すぎる」
リーナが、低く言う。
「ああ」
アークは、資料を閉じた。
報告書は、成果で埋まっている。
数値。
改善率。
患者満足度。
失敗の欄は、相変わらず小さい。
——消えてはいない。
ただ、見えにくくされている。
王都の医療評議会が、
正式に視察に入った。
評議員の一人が、現場を見て言う。
「素晴らしい」
「市民に寄り添っている」
その評価が、
現場の空気を変える。
「結果を出さなければ」
「期待に応えなければ」
善意が、
義務に変わる。
治療師たちの表情が、
少しずつ硬くなる。
アークは、
奥で様子を見ていた。
誰も、間違ったことをしていない。
それが、一番危険だった。
午後、
管理者の男が、アークに言った。
「支援が増えました」
「救える人数が、増えます」
「……条件は」
「成果報告です」
短い言葉。
だが、重い。
「数が求められる」
「そうです」
男は、視線を逸らした。
「期待に応えなければ、
支援は途切れます」
アークは、黙った。
それは、
現代でも何度も見た光景だ。
善意で始まったものが、
成果を求められ、
やがて、数字に追われる。
「判断を、急がせるな」
アークは、低く言った。
「……分かっています」
だが、
分かっているだけでは、止まらない。
数日後、
新しい運用指針が回る。
判断医療における基本方針
・回復魔法は最終手段とする
・判断は迅速に行う
・成果は日次で報告
“迅速に”。
その一語が、
全てを歪める。
処置室で、
若い治療師が、患者の前で迷う。
視線が、
時計に落ちる。
——急げ。
その無言の圧力が、
判断を削る。
その夜、
リーナが言った。
「……これ、
あなたが一番嫌ってた形ね」
「ああ」
「止める?」
「……止められない」
正義になった善意は、
止まらない。
止めれば、
救われていた人も巻き込む。
アークは、深く息を吐いた。
「だから」
「逃げ場を作る」
「逃げ場?」
「判断を、急がなくていい場所」
「数字を、出さなくていい場所」
リーナが、目を細める。
「……対抗組織?」
「違う」
アークは、静かに言う。
「保留を許す場所だ」
善意は、
人を救う。
同時に、
人を追い詰める。
その両方を知っているからこそ、
アークは、
次の一手を考えていた。
——暴走する善意を、
力で止めないために。
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