第33話 切り捨てられる命
知らせは、朝だった。
医療局の当直記録に、短い追記がある。
患者死亡
判断医療適用後、容体急変
回復魔法への切り替え間に合わず
簡潔で、感情のない文字。
アークは、その一文から目を離せなかった。
「……来たわね」
リーナが、静かに言う。
「ああ」
場所は、王都南区。
流派の治療団体が定期的に回っている地区だった。
アークは、現場へ向かった。
呼ばれたわけではない。
自分の意思だ。
小さな住居。
室内は、妙に整っていた。
寝台の上に、
年配の男性が横たわっている。
——もう、動かない。
「……判断しました」
そばに立つ若い治療師が、
震える声で言った。
「回復魔法を使わず」
「体の力を信じるべきだと」
アークは、何も言わずに近づいた。
触れる。
——遅くない。
いや、
遅くなる前に、切ってしまった。
「……助かった可能性は」
リーナが、低く聞く。
「あった」
アークは、はっきり言った。
空気が、凍る。
「……でも」
治療師が、必死に言葉を探す。
「判断医療では——」
「判断医療は」
アークは、静かに遮る。
「責任を消す言葉じゃない」
治療師の目が、揺れる。
「触らない判断は」
「“何もしない”ことじゃない」
「その後の変化を」
「見続ける責任がある」
治療師は、唇を噛みしめた。
「……でも、成功例が」
「成功例は」
アークは、視線を逸らさない。
「失敗を帳消しにしない」
家族が、奥の部屋から出てきた。
誰も怒鳴らない。
誰も責めない。
ただ、
泣いている。
アークは、頭を下げた。
自分が、判断したわけではない。
だが、
判断という言葉を渡したのは自分だ。
外に出ると、
空がやけに高く見えた。
「……これは」
リーナが、声を落とす。
「免罪符ね」
「ああ」
アークは、拳を握る。
「判断した」
「だから仕方ない」
その言葉が、
命を切り捨てる刃になる。
夕方、
流派の管理者——あの男が現れた。
「……残念な結果でした」
言葉は丁寧だ。
だが、距離がある。
「だが」
男は続ける。
「我々は、最善を尽くしました」
「違う」
アークは、初めてはっきり言った。
「最善を尽くしたかどうかは、結果じゃなく過程だ」
男は、眉をひそめる。
「判断は、間違っていなかった」
「間違っていた」
言い切った。
「触らない判断をした後」
「見続けなかった」
沈黙。
「判断は、切った瞬間に終わらない」
「むしろ、そこから始まる」
男は、しばらく黙っていた。
「……それは、理想論です」
「違う」
アークは、静かに言う。
「それを現場に伝えなかった俺の落ち度だ」
その言葉に、
男は言葉を失った。
夜、
医療局に戻ったアークは、
帳簿の一行を書き換えた。
判断後の経過観察不足
判断の責任所在が不明確
自分の手で、
歪みを記録する。
リーナが、隣で言った。
「……ここから先」
「逃げない」
アークは、即答した。
「止めるか」
「歪みを減らすか」
「どちらかを選ぶ」
窓の外、
王都の灯りが揺れている。
正しさは、
人を救う。
同時に、
人を切り捨てる。
だからこそ、
責任から目を逸らしてはいけない。
——次は、
介入する理由を、言葉にする番だ。
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