第31話 流派の誕生
最初に気づいたのは、掲示板だった。
王都の市場通り。
人の往来が途切れない角に、簡素な張り紙がある。
無料相談
回復魔法に頼らない治療
――判断を重んじる治療団
紙は新しい。
字は丁寧だ。
宣伝に慣れている筆跡。
リーナが、張り紙をじっと見た。
「……これ」
「ああ」
アークは、短く返した。
名前は書かれていない。
“アーク”も、“医療局”も。
だが、言葉だけが似ている。
判断。
回復魔法に頼らない。
治療団。
——似ているのではない。
借りている。
「行く?」
リーナが言う。
「見るだけだ」
場所は王都郊外だった。
古い倉庫を改装したような建物。
入口には行列ができている。
貧しい者ばかりではない。
普通の服を着た者もいる。
——回復魔法を受けても治らなかった者たちだ。
中に入ると、若い治療師が数人、忙しなく動いていた。
白衣に似た上着。
清潔感を演出している。
「次の方」
案内役の声は柔らかい。
ここに悪意はない。
治療の場面を、アークは遠巻きに見る。
まず、触らない。
観察する。
呼吸を見る。
動揺を見る。
——見覚えのある“所作”だ。
だが、
そこにある決定的な違いが、アークの背中を冷やした。
迷いがない。
慎重ではなく、
確信しているように見せている。
患者が不安を口にしても、治療師は笑って答える。
「大丈夫です」
「回復魔法に頼りすぎると、体は戻れなくなる」
「私たちは、体の力を信じます」
言葉は、きれいだ。
優しい。
そして、その優しさが、最も危険だった。
アークは、入口近くに置かれたパンフレットを取った。
判断医療とは
・必要以上に魔法を使わない
・体の回復力を引き出す
・無理に治さない
書き方が、上手い。
だが——
読めば読むほど、足りないものが浮き彫りになる。
責任の所在がない。
失敗が書かれていない。
限界が書かれていない。
“うまくいく前提”で組み立てられている。
リーナが、低い声で言った。
「……これ、商品だね」
「そうだ」
「あなたの医療じゃない」
「……ああ」
アークは、パンフレットを閉じた。
その時、奥から一人の男が出てきた。
三十代半ば。
身なりが良い。
治療師というより、管理者だ。
視線が、アークに止まった。
一瞬だけ、間があった。
「……失礼」
男は、丁寧に頭を下げた。
「ご相談でしょうか」
言葉は柔らかい。
だが、目が探っている。
「見学だ」
アークが短く言うと、男は微笑んだ。
「ありがとうございます」
「私たちの活動が、広く理解されるのは嬉しい」
——理解、か。
アークは、男を見る。
「誰の発案だ」
「必要とする人がいたからです」
答えは、すれ違っている。
「……名前は」
「名付けません」
男は、淀みなく言った。
「誰かのものにすると、広がりませんから」
アークの指先が、わずかに動く。
それは、
俺が言った言葉だ。
——言葉だけが、正確に再現されている。
「あなたは」
男は、穏やかに言った。
「回復魔法の弊害を知っている」
「だから、私たちは同じ方向を見ているはずです」
同じ、ではない。
アークは、静かに言った。
「限界はどこだ」
「限界?」
「救えない症例」
「失敗した時の責任」
「患者が悪化した時、誰がどう判断する」
男の笑みが、ほんの僅かに薄くなる。
「……私たちは、最善を尽くします」
それは、答えではない。
リーナが、前に出た。
「最善って言葉は便利ね」
「失敗した時に、何も残らない」
男は、丁寧に頭を下げた。
「ご不快にさせたなら申し訳ありません」
「ですが、救われている方がいるのは事実です」
——そこだ。
救われている。
それも、事実だ。
アークは、その事実を否定できない。
だからこそ、止め方を間違えれば、
救われていた人間ごと踏み潰す。
建物を出た帰り道、
リーナが言った。
「……敵じゃない」
「ああ」
「でも、危ない」
「……ああ」
アークは、遠くを見る。
自分が残した言葉が、
自分の知らない形になって歩き始めている。
それは、誇りではない。
恐怖でもない。
ただ、
責任だった。
「彼らは」
アークは、低く言った。
「俺の医療を使っていない」
「俺の言葉だけを使っている」
その言葉の重さが、
王都の風の中で、静かに沈んだ。
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