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第3話 鑑定できない治療

 石造りの建物だった。

 分厚い壁に囲まれ、入口には剣と天秤を組み合わせた紋章が刻まれている。


 冒険者ギルド——らしい。


 ガルムに連れられて中に入ると、視線が一斉に集まった。

 武器の音、酒の匂い、ざらついた空気。

 現代の病院とは正反対だが、「現場」という意味では、よく似ている。


「治療師だ」

 ガルムが短く言う。


「回復魔法使いか?」

「違う」


 その一言で、空気が変わった。


 ざわつき。

 半信半疑。

 そして、露骨な警戒。


「魔法を使えない治療師?」

 受付台の奥にいた女性が、眉をひそめる。

「登録は?」


「ない」

 俺は正直に答えた。


 周囲から、小さな失笑が漏れる。

 見慣れた反応だ。現代でも、何度も浴びてきた。


「勝手に治療したって話は聞いてる」

 女性が続ける。

「規則では、ギルド所属冒険者への医療行為は、登録治療師のみ許可されてる」


「分かってる」

 ガルムが口を挟んだ。

「だが、こいつがいなければ、死者が出ていた」


 受付の女性は、俺を見る。

 疑う目。だが、完全に否定してはいない。


「……証明できる?」

「何を」

「あなたの治療が、安全で、再現性があるってこと」


 来たな、と思った。

 再現性。

 現代と同じ言葉だ。


「鑑定は?」

 女性が横の魔道具を示す。水晶球だ。

「スキル、魔力適性、全部出る」


「……出ないと思う」


 正直に言うと、今度ははっきり笑われた。


「出ない?」

「魔力を使ってないから」


「じゃあ、信用できない」

 女性は即答した。

「見えないものは、評価できない」


 周囲の冒険者たちが頷く。

 それが、この世界の常識なのだろう。


 俺は、少し考えた。

 ここで反論しても、意味はない。


「じゃあ、条件を出していいか」

 俺は言った。


「条件?」

「患者を一人、用意してほしい」

 俺は水晶球を見ずに続ける。

「回復魔法が効かなかったやつ」


 空気が、ぴたりと止まった。


「……いる」

 ガルムが言う。

「団の若いのだ。古傷が悪化して、動けない」


 受付の女性は、少しだけ黙った後、頷いた。


「連れてきて」

 そして俺を見る。

「ただし、ギルドの立会いで。何かあれば、即止める」


「構わない」


 治療室と呼ばれる小部屋に通される。

 簡素なベッドと、消毒用らしき酒精の瓶。


 運ばれてきたのは、二十代前半の青年だった。

 顔色が悪い。右脚を庇うように、無意識に体を捻っている。


「三年前の傷だ」

 ガルムが説明する。

「回復魔法で塞いだが、最近になって痛みと痺れが戻った」


 俺は頷き、青年の脚に触れた。


 ——ああ、これは。


 触れた瞬間、はっきり分かった。

 流れが、途中で折れている。

 傷は治っている。でも、道が歪んだままだ。


「……触るだけで分かるのか」

 誰かが呟く。


 俺は答えず、脚の付け根から、ゆっくり圧をかける。

 逃げ場を作るように。

 呼吸を促し、痛みが走る直前で止める。


「痛かったら言え」

 青年は歯を食いしばり、首を振った。


「……不思議だ」

 数分後、彼が呟く。

「さっきまで、刺すみたいだったのが……鈍い」


 俺は続ける。

 派手なことはしない。

 ただ、間違って覚えた身体の癖を、ほどく。


「立ってみて」


 青年は戸惑いながらも、ベッドから降りた。

 一歩、踏み出す。


「……あ」


 声が漏れる。

 次の瞬間、彼は自分の脚を見下ろした。


「痛く……ない?」


 ざわっ、と部屋が揺れた。


「完治じゃない」

 俺はすぐに言った。

「でも、これで“回復魔法が効く状態”には戻した」


 魔法使いが、半信半疑で呪文を唱える。

 光が走り、青年の脚が淡く輝く。


「……今度は、違和感がない」

 青年の声が、震えた。


 沈黙。

 水晶球は、相変わらず沈黙したままだ。


「……鑑定、反応なし」

 誰かが言う。


 受付の女性が、ゆっくり息を吐いた。


「つまり」

 彼女は俺を見る。

「あなたの治療は、記録できない」


「そうだな」


「……なのに、結果は出ている」


 俺は肩をすくめた。

「結果しか、出せない」


 しばらくの沈黙の後、彼女は言った。


「仮登録だ」

「え?」


「治療係として。

 正式な治療師ではない。

 だが……現場判断で使う価値はある」


 周囲から、異論の声が上がりかけて——止まった。

 治った脚を、誰も否定できない。


 俺は頷いた。

「十分だ」


 それ以上は、求めない。

 求めれば、また数字の話になる。


 部屋を出ると、例の若い魔法使いが追いかけてきた。


「なあ」

 彼は少し迷ってから言う。

「……さっきの理屈、教えてくれないか」


 俺は立ち止まり、少しだけ考えた。


「いい」

 そして言った。

「ただし、順番にだ」


 彼の顔が、わずかに明るくなる。


 ——芽が出た。


 だが同時に、背中に刺さる視線も感じていた。

 信用できないものを見る目だ。


 制度は、まだこちらを向いていない。


 それでも——


 治った脚が、確かにここにある。


 それで、今は十分だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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