第27話 成功例の拡散
アークが呼ばれなかった。
それ自体が、異変だった。
「……今回は、呼ばれてない」
リーナが、帳簿を閉じながら言った。
「ああ」
理由は、分かっている。
間に合ったからだ。
処置室の前には、
見覚えのある青年が立っていた。
第23話で残った二人のうちの一人——
慎重な方だ。
「……終わりました」
声は落ち着いている。
だが、わずかに震えていた。
「状態は?」
「安定しています」
「回復魔法は、最小限で済みました」
アークは、青年を見る。
「何を切った」
一拍。
「……最初に、全部です」
その答えに、
アークは、ほんの少しだけ目を細めた。
処置室に入ると、
患者は、穏やかな呼吸をしていた。
重症未満。
だが、放っておけば悪化していた症例。
「……楽になりました」
患者の言葉は、短い。
だが、確かだった。
医療局の中に、
小さな波が広がる。
「アークがいなくても……」
「判断だけで……」
噂は、早い。
記録官が、簡潔な報告書をまとめる。
補足判断により、回復魔法の使用量を抑え改善
名前は、ない。
だが、意図は伝わる。
夕方、
バルドがアークを呼び止めた。
「……成功例だ」
「ああ」
「しかも、君抜きでな」
その言葉に、
アークは、すぐには答えなかった。
嬉しくないわけじゃない。
だが——
「広がるぞ」
バルドが、低く言う。
「“再現できた”と、思われる」
その夜、
別部署から問い合わせが来た。
「その判断基準を、共有してほしい」
「手順書に——」
リーナが、即座に答えた。
「できません」
短く、はっきり。
「それは、成功例です」
「失敗例が、まだ足りない」
電話の向こうが、黙る。
切った後、
リーナが小さく息を吐いた。
「……広がるわね」
「ああ」
「止められる?」
アークは、少し考えた。
「止める必要はない」
「……え?」
「歪むまで、広がらないと分からない」
それは、
希望でもあり、
諦めでもあった。
翌日、
同じ青年が、別の患者を診た。
結果は、良好。
二例目。
成功が、
“例”から“傾向”に変わる瞬間。
医療局の空気が、変わる。
「使える」
「共有すべきだ」
その言葉が、
少しずつ、大きくなる。
アークは、距離を取った。
現場に立たない。
口も出さない。
それが、
自分で決めた役割だからだ。
だが——
成功例が増えるほど、
誤解も、確実に育つ。
この先に待つものを、
アークは、はっきりと見ていた。
それでも。
判断は、確かに残り始めている。
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