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第26話 翻訳者リーナ

 説明を求められる場面が、増えた。


 症例そのものではない。

 考え方についてだ。


「なぜ、触らなかったのか」

「なぜ、あの判断を切ったのか」


 医療局の廊下でも、

 処置室の前でも、

 同じ質問が繰り返される。


 アークは、立ち止まることが多くなった。


 言葉が、出てこない。


「……考えた結果だ」


 それ以上、説明できない。


 理解できない者は、首を傾げ、

 理解しようとする者は、困った顔をする。


 ある日の午後、

 小さな説明会が開かれた。


 参加者は、医療局の職員十数名。

 アークも呼ばれていたが、

 彼は、壁際に立っているだけだった。


「では」

 前に出たのは、リーナだった。

「私が説明します」


 ざわり、と空気が動く。


「アークのやり方は」

 彼女は、ゆっくり言葉を選ぶ。

「“治す方法”ではありません」


 視線が集まる。


「壊さない順番です」


 一瞬、静まり返る。


「回復魔法を否定しているわけじゃない」

「ただ、最初に全部を使わない」


「彼が見ているのは」

 リーナは続ける。

「体が“戻ろうとしているかどうか”」


 アークは、無意識に目を伏せた。


 ——それだ。


 だが、

 自分では、その言葉が出なかった。


「だから」

 リーナは言う。

「再現しようとすると、失敗します」


「方法を真似すると」

「判断を抜き取ってしまうから」


 誰かが、恐る恐る手を挙げた。


「……では、どう学べばいい」


 リーナは、少し考えてから答えた。


「成功例を集めないでください」


 空気が、ざわつく。


「失敗例を、言葉にしてください」

「なぜ、その判断を切れなかったのか」

「なぜ、早く触ってしまったのか」


 それは、

 アークがずっと言えなかったことだった。


 説明会が終わった後、

 アークは、リーナに言った。


「……助かった」


「当然よ」


 彼女は、少し疲れた顔で笑う。


「あなたは」

 リーナは続ける。

「現場に立つ人」


「言葉にするのは、私の仕事」


 アークは、何も言えなかった。


 その夜、

 医療局内に簡単な文書が回った。


アーク・シグナスの医療に関する補足説明(暫定)


本医療は手順ではなく、

判断基準の集合体である。

再現性は保証されない。


 名前は、まだ付いていない。


 だが、

 歪まない形で、

 初めて言葉になった。


 アークは、窓の外を見る。


 自分のやり方が、

 自分の手を離れていく感覚。


 怖さと、

 わずかな安堵。


 ——これなら、残る。


 完璧じゃない。

 だが、壊れにくい。


 リーナは、翻訳者になった。


 そして、

 アークは初めて、

 一人で背負わなくていい場所に立った。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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