第25話 名前のない方法
噂は、意図せず広がる。
「……例のやり方」
「アーク式、って呼ばれてるらしい」
その言葉を聞いた瞬間、
アークの手が止まった。
「……誰が言い出した」
問いに答えたのは、事務方の職員だった。
「便宜上です」
「報告書に書くのに、
“例外的判断による処置”では長すぎるので」
——便宜上。
その言葉が、一番危険だ。
会議室には、
医療局の中間管理職が数人集まっていた。
「名称が必要なんです」
一人が言う。
「共有する以上、呼び名がなければ——」
「必要ない」
アークは、即答した。
「……ですが」
「名前を付けなければ、管理できません」
「管理する気なら、なおさら駄目だ」
空気が、ざわつく。
「“方法”として固定した瞬間」
アークは、言葉を選びながら言った。
「それは、再現できるものだと誤解される」
「だが、現場は——」
「現場を理由にするな」
少し、語気が強くなる。
「俺がやっているのは」
「手順じゃない」
「判断の連続だ」
バルドが、腕を組んだまま口を開く。
「……だが、共有しないことによる事故も起きている」
「分かってる」
アークは、視線を逸らさなかった。
「だからこそ」
「名前を付けてはいけない」
沈黙。
「名前は」
アークは続ける。
「使うための取っ手だ」
「掴みやすくなる」
「振り回しやすくなる」
誰かが、苛立った声を出す。
「……それでは、どう呼べばいい」
アークは、少し考えた。
「呼ぶな」
即答だった。
室内が、静まり返る。
「必要なら」
「“その時の判断”と書け」
「再現できないと、
明記しろ」
「……そんな報告書、通りません」
「なら、通さなくていい」
その一言で、
空気が一段、冷えた。
会議が終わった後、
リーナが小さく言った。
「……嫌われに行ってるわね」
「いつものことだ」
「でも今回は」
彼女は続ける。
「正しさを、守ろうとしてる」
アークは、歩きながら言った。
「名前を付けた瞬間」
「それは、誰かの成果になる」
「誰かの責任にもなる」
「俺の手を離れた正しさは」
「簡単に、商品になる」
リーナは、少し考え、頷いた。
「……翻訳には、段階が要る」
「そうだ」
「名前は、最後だ」
その日の夜、
アークは帳簿を整理していた。
成功例。
失敗例。
どちらにも、
共通点はない。
——だから、名前を付けられない。
医療は、
分類するほど、取りこぼす。
正しさを残したいなら、
便利にしてはいけない。
アークは、灯りを落とす。
名前のない方法は、
まだ、生きている。
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