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第22話 境界線を引く

 呼び出しは、予想より早かった。


 朝。

 まだ王都の街が完全に目を覚ます前。


「……アーク・シグナス」


 医療局の会議室に集められた顔ぶれは、

 これまでより多かった。


 幹部。

 記録官。

 そして——バルド。


 俺は、立ったまま話を聞く立場だった。


「ここ数日の対応について」

 議長格の男が口を開く。

「我々は、一定の成果を確認している」


 “成果”。


 その言葉に、胸がわずかに冷える。


「よって」

 男は続ける。

「今後も、これまでと同様の形で——」


「それは、できない」


 俺は、遮った。


 会議室が、一瞬で静まり返る。


「……何だと?」


「これまでと同じ条件では」

 俺は、はっきり言った。

「もう、診ない」


 ざわり、と空気が揺れる。


「君は、立場を理解しているのか」

 誰かが言う。

「拒否権は——」


「ある」


 短く答えた。


「正式な命令じゃない以上」

「俺には、選ぶ権利がある」


 それは、制度の穴だった。

 彼ら自身が作った、曖昧さ。


「……では、条件を言え」


 議長が、低い声で言った。


 俺は、息を整えた。


「三つある」


 指を一本立てる。


「一つ。

 俺が診る症例は、俺が決める」


 ざわつき。


「二つ。

 準備と人員が整わない治療は、引き受けない」


 反発の気配。


「三つ」


 少し、間を置いた。


「俺のやり方を、見て真似するな」


 沈黙。


「必要なら、教える」

「だが、それは“使うため”じゃない」

「理解するためだ」


 誰かが、苛立った声を出す。


「……それでは、即応性が落ちる」


「命を賭けた即応なら」

 俺は、視線を返す。

「準備を怠るな」


 会議室が、重く沈む。


「……君は」

 議長が言う。

「自分の価値を、高く見積もりすぎている」


「違う」


 俺は、首を振った。


「命の価値を、安く見積もっているだけだ」


 静まり返る。


 バルドが、ゆっくり口を開いた。


「……条件を、受けるべきだ」


 視線が、一斉に彼に向く。


「これ以上、彼を消耗させれば」

 バルドは続ける。

「いずれ、何も残らない」


「それは——」


「制度の損失だ」


 その言葉で、空気が変わった。


 感情ではない。

 損得の話だ。


「……分かった」


 議長が、渋々と言った。


「条件を、一部受け入れる」


「全部だ」


 俺は引かなかった。


 長い沈黙。


 やがて——


「……試験的に、だ」


 その言葉が、落ちた。


 完全な勝利ではない。

 だが、敗北でもない。


「記録は、残す」

「公表は、段階的に検討する」


 俺は、頷いた。


 それでいい。


 会議が終わり、

 廊下に出ると、リーナが待っていた。


「……やったわね」


「まだだ」


「でも」

 彼女は、少し笑った。

「線は引いた」


「ああ」


 バルドが、後ろから声をかけた。


「……これで、楽になるとは思うな」


「思ってない」


「だが」

 彼は、少しだけ表情を緩めた。

「これで、壊れにくくはなる」


 それで、十分だった。


 王都の白い廊下を歩く。


 同じ景色。

 同じ制度。


 だが——

 立つ位置が、少しだけ変わった。


 正しさは、使われるものじゃない。

 守られるものだ。


 そして、

 守るためには、

 引くべき線がある。


 俺は、その線を引いた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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