第20話 模倣の代償
噂は、早かった。
王都は広いが、医療局の中は狭い。
夜の出来事は、翌朝には形を変えて広がる。
「……聞いた?」
廊下ですれ違った治療師たちが、声を落とす。
「例のやり方」
「真似したらしい」
嫌な予感が、背中を這った。
昼前、医療局内が騒がしくなった。
通常なら封鎖されるはずの処置室の前に、人が集まっている。
「……アーク」
リーナが、低い声で呼んだ。
「来て」
中に入ると、寝台に一人の患者が横たわっていた。
顔色が悪い。
呼吸が浅く、全身に微かな痙攣。
「……悪化してる」
「……誰が診た」
答えたのは、若い医師だった。
視線を伏せ、声が震えている。
「……自分です」
胸の奥が、冷える。
「理由は」
「……あなたのやり方を、見たから」
空気が、張り詰めた。
「流れを整えてから、弱い回復魔法を……」
「記録は?」
「……ありません」
当然だ。
正式な手順じゃない。
「なぜ、相談しなかった」
若い医師は、唇を噛んだ。
「……呼べば、断られると思って」
——そうだろうな。
俺は、患者に触れた。
……遅い。
流れが、崩れている。
整えようとして、壊している。
「……止めろ」
周囲に、低く告げる。
「これ以上、触るな」
集中治療に切り替え、
王都側の標準手順に委ねる。
しばらくして、
患者の状態は、最悪の一線は越えなかった。
——だが、完全には戻らない。
「……後遺症が残る可能性が高い」
誰かが、そう言った。
重い沈黙。
若い医師が、震える声で言った。
「……俺は」
「助けたかっただけなんです」
それが、いちばん厄介な理由だった。
夕方、
俺は医療局の会議室に呼ばれた。
そこにいたのは、
数名の幹部と、バルド。
「……説明してもらおう」
議長格の男が言う。
「今回の事故について」
「君の影響は、否定できない」
予想通りだ。
「真似したのは、俺じゃない」
俺は、静かに言った。
「だが、君の医療が原因だ」
「違う」
言葉を、はっきり区切る。
「理解されないまま、使おうとしたのが原因だ」
ざわり、と空気が揺れる。
「君は」
別の幹部が言う。
「知識を独占している」
「違う」
「共有しないから、事故が起きる」
「違う」
三度目。
「俺は」
俺は、卓を見据える。
「共有できない条件で、使うなと言っている」
沈黙。
バルドが、ゆっくり口を開いた。
「……事故の直接原因は、模倣だ」
幹部の一人が、顔をしかめる。
「だが、発端は——」
「発端は」
バルドは遮った。
「我々が、彼を“例外”として使ったことだ」
空気が、凍る。
「彼は」
バルドは続ける。
「教える立場でも、指導者でもない」
「それを押し付けたのは、制度だ」
沈黙。
誰も、すぐに反論できなかった。
「……では、どうする」
議長が言う。
俺は、そこで初めて口を開いた。
「線を引く」
視線が集まる。
「俺の医療は」
「見て真似するものじゃない」
「必要なら、やり方を変える」
「どういう意味だ」
「一人でやるのを、やめる」
幹部たちが、ざわつく。
「俺が直接やらない形で」
「命を救う方法を考える」
それは、
自分の首を絞める宣言でもあった。
会議が終わった後、
バルドが、低く言った。
「……覚悟を決めたな」
「ああ」
「楽な道じゃない」
「最初から、楽じゃなかった」
廊下に出ると、
リーナが待っていた。
「……聞いた」
「ごめん」
「謝らないで」
彼女は、首を振った。
「ここまで来たら」
「逃げないだけで、十分よ」
模倣は、事故を生んだ。
拒否は、恨みを生んだ。
それでも。
伝えない正しさも、
伝え方を間違えれば凶器になる。
その事実を、
俺は、ようやく真正面から受け取った。
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