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第2話 効かない理由

 血の匂いが濃い。

 鉄と土と、焼けたような臭気が混じって鼻を刺す。


 ここがどこかなんて、考えている余裕はなかった。


「おい、何をしている!」

 誰かが怒鳴る。鎧を着た男だ。剣を握ったまま、俺を睨んでいる。


 俺は答えず、倒れている男の肩から鎖骨、胸元へと、ゆっくり触れた。

 体表は熱い。だが、熱が均等じゃない。ある一点に、異様な“溜まり”がある。


 ——流れが止まってる。


 そう理解した瞬間、胸の奥が、すっと静かになった。

 現場だ。ここは。


「回復魔法が効かないんだ!」

 若い魔法使いが叫ぶ。

「何度も試した! なのに、傷が閉じてもすぐ裂ける!」


 俺はようやく顔を上げた。

「それ、閉じちゃいけない状態だ」


「……は?」


 全員が、同じ顔をした。

 理解できない、というより「聞く価値がない」という表情。


「無理に塞いでる」

 俺は続けた。

「中が詰まってるのに、出口だけ塞げば、圧が逃げない」


「何を言っている」

 鎧の男が一歩詰め寄る。

「貴様、魔法も使えんくせに!」


 その言葉に、なぜか腹は立たなかった。

 事実だからだ。俺は魔法を使えない。


 でも、使えないからこそ見えるものがある。


「……触らせてくれ」

 俺は言った。

「責任は取る」


 ざわり、と空気が揺れた。

 責任、という言葉に反応したのだろう。


「どうやって?」

 魔法使いが半ば呆然と聞く。


 俺は周囲を見回した。

 折れた槍の柄。破れた布。焚き火の残り火。


「まず、温める」

 俺は布を火にかざし、すぐに引っ込める。

「熱を一点に集めるんじゃない。広げる」


 意味が分からない、という顔。

 それでいい。現場では、説明より手が先だ。


 布を肩に当て、深く、ゆっくり圧をかける。

 押す、離す、呼吸に合わせる。


「おい、何を……」

 誰かが言いかけて、黙った。


 倒れていた男の呼吸が、わずかに変わったからだ。

 喉が鳴り、詰まった空気が抜ける音がした。


「……あ?」


 鎧の男が、思わず声を漏らす。


 次に、胸骨の脇。

 ここだ。

 現代なら、何度も触れてきた場所。


 ——魔力路、か。

 言葉は違っても、構造は似ている。


 指を当てた瞬間、胸の奥で何かが“逆流”する感覚が走った。

 気持ち悪い。

 だが、原因が分かれば、やることは一つだ。


「息、吐け」

 俺は倒れた男に声をかける。

「今だ」


 男は、うめきながらも、かろうじて息を吐いた。

 その瞬間、俺は圧を抜いた。


 ——どくん。


 脈が変わる。

 詰まっていたものが、流れ出す。


「傷が……」

 魔法使いが声を震わせる。

「閉じてる。今度は……裂けない」


 沈黙。

 誰も、すぐには言葉を出せなかった。


 俺は額の汗を拭い、立ち上がった。

 膝が少し震えている。緊張していたらしい。


「完全じゃない」

 俺は言った。

「でも、これで持つ。あとは……無理に魔法を重ねるな」


「……なんだ、それは」

 鎧の男が低く言った。

「魔法を否定する気か」


 俺は首を振った。

「否定してない。使い方の問題だ」


 魔法使いが、唇を噛んだ。

 誇りを傷つけられた顔だ。よく知っている。


「そんな理屈、聞いたことがない」

「そうだろうな」

 俺は淡々と答えた。

「俺も、ここに来るまでは知らなかった」


 自分でも驚くほど、落ち着いていた。

 さっきまでの混乱が嘘みたいだ。


 ——現場に立つと、余計なことを考えなくなる。

 それは、昔から変わらない。


「名前を聞いてもいいか」

 鎧の男が言った。


「……アークだ」


 本名じゃない。

 だが、不思議と抵抗はなかった。


「俺はガルム。こいつらの隊長だ」

 彼は、治療した男を見る。

「命を拾った。礼はする」


「いらない」

 反射的に言っていた。


 ガルムが眉をひそめる。

「なぜだ」


 俺は少し考え、正直に答えた。

「治るはずのものが、治っただけだ」


 また、沈黙。


 その沈黙を破ったのは、別の声だった。


「ちょっと待て」

 若い魔法使いが前に出る。

「今のは……魔法じゃない。なのに、どうして」


 責める声じゃない。

 困惑と、恐れが混じっている。


「説明できる」

 俺は言った。

「でも、その前に確認したい」


 魔法使いを見る。

「お前、この傷、何回“回復”した」


「……三回」


「多い」

 俺は即答した。

「一回でいい。いや、本当は——」


 そこで言葉を切った。

 ここまでだ。今は。


「——今はいい。場所を変えよう。ここは、治す場所じゃない」


 ガルムが周囲を見回し、短く指示を飛ばす。

「負傷者をまとめろ! こいつも連れていく!」


 兵士たちが動き出す。

 俺は、いつの間にかその流れの中にいた。


 歩きながら、ふと気づく。

 胸の奥が、妙に静かだ。


 現代では、何度も感じていた。

 ——「ここにいていいのか」という違和感。


 今は、それがない。


 代わりにあるのは、別の感覚。

 この世界の方が、俺の手を必要としている、という確信。


「なあ、アーク」

 魔法使いが、少し距離を置いて話しかけてくる。

「さっき言ってたな。魔力が、詰まってるって」


「言った」


「それ……見えるのか?」


 俺は首を横に振った。

「見えない。ただ、分かる」


「なんだそれ」


「説明できる」

 俺は繰り返した。

「順番にやればな」


 魔法使いは、黙り込んだ。

 否定も、同意もしない。

 だが、その目は、さっきより真剣だった。


 ——ここからだ。


 誰も信じていない。

 でも、一人は治った。


 それで十分だ。


 遠くで、角笛の音が鳴る。

 新たな負傷者が来る合図らしい。


 ガルムが振り返り、俺を見る。

「……もう一人、見てくれるか」


 俺は一瞬だけ迷い、頷いた。


「分かった」


 治せるなら、治す。

 場所が変わっても、それは同じだ。


 ——ただ一つ、違うことがあるとすれば。


 この世界では、

 俺の手が“補助”じゃないかもしれない、ということだ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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