第19話 拒否という選択
三度目の呼び出しは、夜明け前だった。
窓の外が、わずかに白み始める頃。
眠りに落ちる前の、最も判断力が鈍る時間。
「……アーク」
扉の向こうの声は、焦っていた。
「急患だ」
「今すぐ来てほしい」
俺は、すぐには返事をしなかった。
——三度目。
偶然ではない。
流れが、でき始めている。
「どんな症例だ」
「魔力暴走」
「若い貴族だ」
「回復魔法が逆効果になっている」
嫌な組み合わせだ。
「準備は」
一拍の沈黙。
「……時間がない」
それが答えだった。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「無理だ」
扉の向こうが、静まり返る。
「……何だと?」
「今の条件じゃ、診ない」
声が、少し強くなる。
「助かる可能性があるんだぞ」
「お前なら——」
「“お前なら”で命を扱うな」
言葉は、冷たくなった。
「準備不足だ」
「設備も、人も足りない」
「この状態で手を出せば、
助かる確率を下げる」
沈黙。
「……見殺しにするのか」
その言葉は、想定していた。
「違う」
俺は、はっきり言った。
「見殺しにされる条件を、放置しない」
扉の向こうで、誰かが舌打ちした。
「貴族だぞ」
「問題になる」
「だからこそだ」
俺は、扉を開けなかった。
「ここで俺が行けば」
「次も、同じことが起きる」
沈黙が、長く続く。
やがて、足音が遠ざかった。
——断った。
部屋に戻ると、
リーナが起きていた。
「……断ったのね」
「ああ」
「圧、かかった?」
「予想通りだ」
彼女は、少しだけ笑った。
「……でも、顔が楽そう」
言われて、気づいた。
胸の奥の重さが、
少しだけ、取れている。
昼過ぎ、バルドが呼びに来た。
「……話がある」
応接室に入ると、
彼はいつもより険しい顔をしていた。
「昨夜の件」
「なぜ、断った」
「条件が悪すぎる」
「それで、患者は——」
「医療局の正規手順で対応したはずだ」
バルドは、黙った。
「……結果は、芳しくない」
「そうだろうな」
俺は、視線を逸らさなかった。
「だが」
俺は続ける。
「俺が行っても、成功した保証はない」
「……それでも」
「それでも、だ」
言葉を切る。
「失敗した時、
誰が責任を取るつもりだった」
バルドの指が、卓を叩く。
「……君だ」
「だろうな」
沈黙。
それが、答えだった。
「……正しい判断だ」
バルドが、低く言った。
俺は、少し驚いた。
「だが」
彼は続ける。
「君は、確実に嫌われる」
「慣れている」
バルドは、苦笑した。
「制度は、
便利な正しさを好む」
「知ってる」
「君は、便利じゃない」
「それでいい」
バルドは、しばらく俺を見てから言った。
「……次は」
「次も、条件次第だ」
バルドは、何も言わなかった。
その日の夜、
非公式の呼び出しは、来なかった。
代わりに、
噂が回り始めた。
——扱いづらい。
——言うことを聞かない。
——責任を取らせにくい。
全部、事実だ。
リーナが、ぽつりと言った。
「……これで、敵が増えたわね」
「減るよりいい」
「普通は、逆よ」
「普通の医療じゃない」
王都の灯りが、窓の外で揺れている。
正しさを行使しない選択は、
いつだって孤独だ。
それでも。
境界線は、引かなければならない。
引かない正しさは、
いずれ誰かを殺す。
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