第18話 非公式依頼
呼び出しは、夜だった。
王都の灯りが落ち、
医療局の廊下から人の気配が消えた頃。
控えめなノックが、扉を叩いた。
「……アーク」
低い声。
聞き覚えはないが、立場は分かる。
「時間がない」
扉の向こうで、男は続けた。
「来てほしい」
正式な依頼ではない。
書類も、命令書もない。
——非公式だ。
「どこだ」
「地下」
短い答えだった。
地下区画は、医療局の中でも古い。
石壁。
魔力灯も弱く、影が濃い。
案内された部屋には、若い男が横たわっていた。
二十代前半。
冒険者だろう。装備が脇に置かれている。
「魔獣の瘴気を吸った」
案内役が言う。
「回復魔法が、効かない」
俺は、何も言わずに触れた。
——嫌な感触だ。
流れが、複雑に絡まっている。
詰まりでも、単純な欠損でもない。
「……準備が足りない」
思わず、口に出ていた。
「今さら言われても困る」
男は苛立った声を出す。
「やれるんだろ?」
——こうなる。
俺は、深く息を吐いた。
「やる」
「ただし、時間はかかる」
「構わない」
彼らにとって重要なのは、結果だけだ。
治療は、難航した。
慎重に、何度も手を止める。
流れを一本に戻すには、
想像以上に消耗する。
「……今だ」
弱い回復魔法を重ねる。
拒絶反応は、ぎりぎり抑えられた。
長い時間の後、
冒険者の呼吸が安定する。
「……助かったのか」
「命はつながった」
それ以上は、言わなかった。
部屋を出ると、
案内役が、静かに言った。
「感謝はする」
「だが、記録は残らない」
分かっている。
翌朝。
医療局の掲示板に、新しい報告が出ていた。
瘴気吸引症例、医療局の迅速な判断により救命
名前は、ない。
俺のものでも、患者のものでもない。
リーナが、それを見て、唇を噛んだ。
「……ひどい」
「想定内だ」
「あなたがやったのに」
「だから、非公式だ」
理屈としては、正しい。
だが——
胸の奥に、わずかな重さが残った。
昼過ぎ、バルドが声をかけてきた。
「……昨夜の件」
「成功した」
「ああ」
彼は頷く。
「助かった」
それだけだ。
「記録は?」
「残していない」
沈黙。
「……君は」
バルドが言いかけて、止まる。
「使われていると、感じるか」
俺は、少し考えた。
「感じている」
正直な答えだった。
バルドは、目を伏せる。
「それでも、必要だ」
「分かってる」
それが、問題だった。
その夜、
同じような呼び出しが、もう一度来た。
——二度目だ。
リーナが、静かに言った。
「……続くわね」
「ああ」
俺は、扉を見る。
救える命がある。
だが、そのたびに、
俺の名前は削られていく。
正しさが、
少しずつ削られていく感覚。
それでも、今は断らない。
——だが、いつか。
このままでは終われない。
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