第17話 条件付きの自由
王都医療局の廊下は、相変わらず白かった。
清潔で、整然としていて、感情の居場所がない。
歩くたびに、自分の足音だけがやけに響く。
「……こっちだ」
前を歩くバルドの背中は、いつもより硬く見えた。
通されたのは、会議室ではなかった。
小さな応接室。
正式でも非公式でもない、曖昧な場所。
「座れ」
促されて腰を下ろすと、バルドは扉を閉め、鍵をかけた。
それだけで、話の性質は分かる。
「結論から言う」
バルドは、真正面から言った。
「君の医療は、禁止しない」
予想通りだ。
だから、驚きはなかった。
「だが、認めもしない」
それも、分かっている。
「正式な治療記録は残さない」
「医療局の名も、君の名も出さない」
「成果は、局の内部処理とする」
淡々とした声。
感情はない。
「……要するに」
俺は言った。
「必要な時だけ呼ばれる」
「そうだ」
バルドは否定しなかった。
「君は自由だ」
彼は続ける。
「拘束はしない。監視もしない」
一拍置いて。
「ただし、要請は断るな」
空気が、わずかに重くなる。
「患者は選べない」
「時間も選べない」
「結果だけが、求められる」
——自由、ね。
俺は、少しだけ笑った。
「それは、自由じゃない」
バルドの眉が、僅かに動く。
「責任だけを、個人に渡している」
「……分かって言っている」
バルドは、視線を逸らさなかった。
「制度は、個人の善意に賭ける時がある」
「その時、守られるのは制度で、個人じゃない」
「だから俺か」
「だから君だ」
沈黙。
理屈としては、筋が通っている。
反論もしづらい。
だが——
「条件がある」
俺は、はっきり言った。
バルドが、わずかに目を細める。
「聞こう」
「俺は、診る患者を選ぶ」
「全部は引き受けない」
一瞬、空気が凍る。
「……拒否するのか」
「場合によってはな」
「それは——」
「分かってる」
俺は遮った。
「その結果、死ぬ命があることも」
それでも、言葉を続ける。
「だが、準備も余裕もない治療は」
「救う確率を下げるだけだ」
バルドは、しばらく黙った。
やがて、低く言う。
「君は、非情だな」
「医療は、優しさだけでできていない」
その言葉に、バルドは小さく息を吐いた。
「……君のその判断が」
「後で、問題になる可能性が高い」
「承知している」
「責任は——」
「俺が取る」
また、その言葉だ。
バルドは、少しだけ苦笑した。
「本当に、扱いづらい」
「そういう医療をやっている」
扉の外で、微かな物音がした。
リーナだ。
バルドが扉を開けると、彼女は腕を組んで立っていた。
「……話は、だいたい聞こえた」
遠慮のない声。
「便利な道具にするつもりなら」
彼女は、バルドを見る。
「壊れた時の責任も、取ってもらうわよ」
バルドは、肩をすくめた。
「そのつもりだ」
「信用できない」
「それでも、君たちはここにいる」
それが、答えだった。
応接室を出た後、
廊下を歩きながら、リーナが言った。
「……後悔してる?」
俺は、少し考えた。
「していない」
「ただ——」
「ただ?」
「ここにいる限り」
俺は言った。
「守られるのは、俺じゃない」
リーナは、立ち止まり、俺を見る。
「……それでも行くのね」
「ああ」
理由は、もう一つしかない。
「行かないと、
救えない命がある」
リーナは、深く息を吐いた。
「……ほんと、厄介」
そう言いながら、
彼女は俺の隣を歩き続けた。
王都の白い廊下は、変わらない。
だが、その中で、立場だけが変わった。
俺は、自由だ。
条件付きで。
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