第14話 門の内と外
王都の城門は、夜でも閉じない。
だが、通れる者は限られている。
灯りに照らされた白い石壁の前で、
俺たちは馬車を止められた。
「目的は」
門番の声は低く、慣れている。
感情を挟まない声だ。
「治療だ」
俺は答える。
「重症患者を運んでいる」
門番の視線が、俺の腕の中に移る。
浅い呼吸。熱に浮かされた顔。
「登録証は」
「ない」
即座に、空気が固くなる。
「……王都医療局の管理外か」
「ああ」
門番は、ため息をついた。
「今夜は通せない」
「正式な搬送許可が必要だ」
予想通りだ。
正しい判断でもある。
リーナが一歩前に出かけて、止まった。
俺が、軽く首を振る。
ここで感情を出しても、何も変わらない。
「……この子は、今夜を越えられない」
俺は、事実だけを言った。
「それでも、規則だ」
門番は視線を逸らさない。
職務を果たしているだけだ。
——ここが、境界だ。
制度の内と外。
命が通れない線。
俺は、息を吐いた。
「……責任は、全部俺が取る」
「そういう問題じゃない」
「分かってる」
それでも、言葉を続ける。
「だが、ここで止めたら、
この子は“制度的に正しく”死ぬ」
門番の表情が、わずかに揺れた。
その時だった。
「……その子、だいぶ悪いな」
背後から、声がした。
振り向くと、白衣に外套を羽織った男が立っていた。
年齢は四十前後。
目が、鋭い。
「誰だ」
門番が問う。
「医療局だ」
男は短く答え、俺を見る。
「君が、アーク・シグナスか」
——来たな。
「……そうだ」
男は、子どもの様子を一目見ただけで、眉を寄せた。
「魔力循環が、ほぼ止まっている」
「回復魔法は?」
「使った」
俺が答える。
「効いていない」
男は、舌打ちした。
「……面倒な状態だ」
そして、俺を見る。
「君のやり方なら、どうする」
一瞬、迷った。
ここで話せば、
“成果を持ち込むな”という条件に触れる。
だが——
「俺一人じゃ、限界だ」
俺は正直に言った。
「設備と人手が要る」
男は、少し驚いた顔をした。
「……万能じゃない、か」
「医療に万能はない」
男は、短く笑った。
「その言葉を、
口だけじゃなく使える奴は少ない」
門番に向き直る。
「通せ」
「俺が引き受ける」
「しかし——」
「責任は、俺が取る」
その一言で、門が開いた。
王都の中に入る。
石畳。
整った街路。
明るい灯り。
——戻ってきた。
だが、立場は違う。
「勘違いするな」
男が歩きながら言う。
「君を許したわけじゃない」
「今回は、患者を優先しただけだ」
「それでいい」
「……名を名乗っておく」
男は、少し間を置いて言った。
「バルド」
「王都医療局・実務責任者だ」
その名に、覚えがあった。
制度側の中枢。
「君の医療は、危険だ」
バルドは続ける。
「だが、放置するには成果がある」
俺は、答えなかった。
「今夜は、俺の管理下で診る」
「明日、改めて話をしよう」
それは、取引だった。
王都の門が、背後で閉まる。
俺は、腕の中の重さを確かめる。
——越えたな。
境界線を。
ここから先は、
もう辺境の話じゃない。
制度の中で、命をどう扱うか。
それが、次の戦場だ。
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