表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

第13話 届かない場所

 異変は、静かに始まった。


 診療所に来る患者が、増えたわけじゃない。

 症状が、急に重くなったわけでもない。


 ただ——

 来なくなった家が、あった。


「……あの家、最近来てないわね」


 リーナが、帳簿を見ながら言った。


「……ああ」


 俺も、気づいていた。


 町の北端。

 川沿いの古い家。

 若い夫婦と、幼い子どもが住んでいる。


「行こう」


 そう言って、診療所を出た。


 家の前に立つと、空気が違った。

 湿っている。

 淀んでいる。


 扉を叩くと、しばらくして、男が顔を出した。

 目の下に、濃い隈。


「……先生」


 声が、かすれている。


「来てくれないから、来た」


 俺は言った。


 男は、視線を落とした。


「……来れなかった」


 中に入ると、寝台に子どもがいた。

 六歳くらいだろう。

 呼吸が浅く、全身が熱い。


 ——これは。


 触れた瞬間、背筋が冷えた。


 流れが、ない。


 詰まりでも、歪みでもない。

 そもそも、通っていない。


「……回復魔法は?」


 リーナが聞く。


「使った」

 父親が答える。

「最初は効いた。でも……」


 俺は、静かに首を振った。


「効いてない」

「一時的に、誤魔化しただけだ」


 俺は、深く息を吐く。


 ——これは、辺境では無理だ。


 治療に必要な時間も、設備も、余裕もない。


「……治らないの?」


 母親が、震える声で聞いた。


 俺は、すぐには答えなかった。


 正直に言えば、

 ここでは、治せない。


 だが——


「治る可能性はある」


 俺は、そう言った。


「ただし、ここじゃない」


 沈黙。


「王都?」

 父親が、かすれた声で聞く。


 俺は、頷いた。


「医療局の設備が要る」

「俺のやり方だけじゃ、足りない」


 リーナが、息を呑む。


「……でも」

 彼女が言いかけて、止まる。


 ——王都は、俺を受け入れていない。

 ——成果を持ち込むな、と言われている。


 それでも。


「行くべきだ」


 俺は、はっきり言った。


「この子は、待てない」


 父親が、膝をついた。


「……お願いします」


 母親が、泣きながら頭を下げる。


 その姿を見て、腹の奥が熱くなった。


 ——ああ。

 これだ。


 この瞬間が、

 俺を、次の場所へ引きずり出す。


「……分かった」


 俺は言った。


「俺が、連れて行く」


 リーナが、俺を見る。


「それって……」


「ああ」

 俺は、彼女を見る。

「王都に、踏み込む」


 彼女は、一瞬だけ目を閉じ、

 それから、静かに頷いた。


「……共犯、継続ね」


 準備は、急いだ。

 必要最低限の道具。

 夜を待たず、出発する。


 町の人間が、見送る。

 誰も大声では言わない。


 ただ、祈るような視線だけが、集まる。


 ——辺境では、足りない。

 ——だが、ここで終わらせる気はない。


 俺は、子どもを抱き上げた。


 小さく、軽い。


 この命を、

 制度の境界で止めさせるつもりはなかった。


 王都は、俺を拒むだろう。

 だが——


 拒まれても、行く理由がある。


 それが、医療だ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ