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第12話 数字に出ない答え

 七日目の朝は、静かだった。


 診療所の前に人はいない。

 誰も集まらない。

 だが、それは期待が消えたからではなかった。


 ——待っている。


 それが、この町の選び方だった。


「……今日ね」


 リーナが、帳簿を閉じながら言った。


「ああ」


 言葉は、それ以上いらなかった。


 昼前、王都の馬が町に入ってきた。

 三日前と同じ顔ぶれ。

 同じ外套。

 だが、歩き方が少しだけ違う。


「七日間の経過を確認する」


 監視官は、そう切り出した。


 彼は帳簿を受け取り、黙って目を通す。

 数字。

 症状。

 回復までの日数。


 沈黙が、長く続いた。


「……死者は、一名」


「ああ」


 俺は頷く。


「重症治療は禁止されていた」

「条件は、守られている」


 監視官が言う。


「だが——」


 彼は、帳簿から顔を上げた。


「想定より、少ない」


 その一言で、空気が変わった。


「本来、この町では」

 監視官は淡々と続ける。

「この七日で、最低でも三名は死者が出る」


 誰も、反論しなかった。

 町の人間も、それを知っている。


「軽症者の悪化が、抑えられている」

「回復魔法の使用回数が、減っている」


 監視官は、言葉を選ぶように言った。


「……理由が、分からない」


 俺は答えなかった。

 説明できないからではない。


 ——説明しても、

 この場では意味がない。


「君は」

 監視官が言う。

「七日間、重症治療を行っていない」


「ああ」


「それでも、この結果だ」


 彼は、わずかに眉を寄せた。


「……理屈に合わない」


 リーナが、静かに言った。


「でも、起きているわ」


 監視官は、彼女を見る。

 そして、また帳簿を見る。


「医療局としての結論を出す」


 その言葉に、町の空気が張り詰める。


「アーク・シグナス」

「君の医療は——」


 一拍。


「正規医療とは認めない」


 それは、予想通りだった。


 だが、次の言葉が違った。


「しかし」

「即時禁止とする理由も、見当たらない」


 ざわり、と町が揺れる。


「現時点では」

 監視官は続ける。

「“偶然”とも、“理論”とも断定できない」


 彼は、俺を見る。


「よって」

「君を、王都の管理対象から外す」


 ——追放ではない。

 ——承認でもない。


 保留だ。


「条件は変わらない」

「王都への持ち込みは禁止」

「成果の公表も不可」


「分かってる」


 監視官は、少しだけ息を吐いた。


「……個人的には」

 彼は、声を落とす。

「君の医療が、間違っているとは思っていない」


 俺は、何も答えなかった。


「だが、制度は」

 彼は言葉を切る。

「一人の正しさで、動かない」


 それも、事実だ。


 監視官たちは去った。

 王都の気配が、町から抜けていく。


 しばらく、誰も動かなかった。


 最初に口を開いたのは、鍛冶屋だった。


「……つまり」


 彼は、俺を見る。


「ここにいていい、ってことか」


「ああ」


「診てもらっていいんだな」


「治せる範囲なら」


 それだけで、十分だった。


 人が、一人、また一人と動き出す。

 列を作るわけじゃない。

 騒ぎもしない。


 ただ、自然に診療所の前に集まる。


 リーナが、小さく息を吐いた。


「……勝った、とは言えないわね」


「負けてもいない」


「厄介な立場よ」


「慣れてる」


 そう答えると、彼女は苦笑した。


「ほんとに、変な人」


 夕方、町が落ち着いた頃、

 俺は診療所の外に立っていた。


 王都は、俺を認めなかった。

 だが、否定もしきれなかった。


 それでいい。


 医療は、

 最初から制度のためにあるものじゃない。


 人が、生き延びるためにある。


 この町では、

 それが、少しだけ形になった。


 次は、もっと難しい症例が来るだろう。

 もっと大きな選択も、迫られる。


 それでも。


 ここにいる理由は、はっきりしている。


 治せる限り、治す。

 その積み重ねが、

 いつか制度を追い越す。


 そう信じて、

 俺は、今日も手を洗った。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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