第10話 届いてしまうもの
町の空気が変わった。
人が増えたわけじゃない。
声が大きくなったわけでもない。
ただ、診療所の前で立ち止まる人間が増えた。
——迷っている。
それが、はっきり分かる。
「……昨日の子、どうなった?」
鍛冶屋の男が、ぶっきらぼうに聞いてきた。
「生きてる」
俺は答える。
「まだ治療は必要だがな」
「そうか」
それだけ言って、彼は去った。
だが、その背中は昨日より軽い。
リーナが、帳簿を閉じながら言った。
「噂、広がってるわ」
「悪い方も?」
「……両方」
それが現実だ。
“治った”という話は、希望になる。
“魔法じゃない”という話は、恐怖になる。
昼過ぎ、見慣れない馬が町に入ってきた。
「……来たわね」
リーナの声が低くなる。
馬から降りたのは、三人。
外套。姿勢。視線。
——王都だ。
「アーク・シグナス」
先頭の男が、俺を見て言う。
「話を聞きに来た」
聞きに来た。
そう言う時ほど、答えは最初から決まっている。
「診療中だ」
俺は言った。
「後にしてくれ」
「拒否はできない」
男は、穏やかな口調だった。
だが、引く気はない。
「ここでの医療行為について」
彼は続ける。
「報告が上がっている」
——やはり、か。
町の人間が、遠巻きに見ている。
沈黙。
誰も割って入らない。
リーナが、俺の横に立つ。
「……ここは、私の診療所よ」
「正式には、王都医療局の管理外だ」
男は淡々と返す。
「だからこそ、問題になる」
理屈は、通っている。
「聞きたいのは三つだ」
男は指を立てる。
「第一に、君は何を根拠に治療している?」
「第二に、その治療は誰でも再現できるか?」
「第三に——」
一拍置いて。
「死者は出ていないか」
町の空気が、凍った。
「……出ていない」
俺は答える。
「今のところ、だな」
男はそう付け足した。
「君の医療は」
彼は続ける。
「成功した時の話しか、町に届かない」
それは、正しい。
「失敗した時」
「取り返しのつかない結果になった時」
「誰が責任を取る?」
俺は、黙った。
答えは決まっている。
「俺だ」
男は、少しだけ目を細めた。
「……君一人で?」
「ああ」
その瞬間、
町の誰かが、息を呑む音がした。
——重い。
その言葉は、希望でもあり、恐怖でもある。
「では」
男は言った。
「君に正式な命令を出す」
懐から書状を取り出す。
「これより七日間、
重症患者の治療を禁止する」
ざわり、と人々がどよめく。
「経過観察だ」
男は淡々と言う。
「その間に死者が出なければ、
“偶然ではない”と判断する」
——試されている。
しかも、命を使って。
「……卑怯だな」
思わず、言葉が漏れた。
「制度とは、そういうものだ」
男は感情を挟まない。
リーナが、俺を見る。
唇が、わずかに震えている。
「……どうする?」
俺は、町を見る。
鍛冶屋。
農夫。
昨日の父親。
彼らは、何も言わない。
言えない。
——選択は、俺にある。
「分かった」
俺は、言った。
男が、わずかに頷く。
「だが」
俺は続ける。
「軽症は診る」
「……構わない」
「それと」
俺は、男を見据える。
「この七日で、
“治せなかった過去”も全部出す」
男の眉が、ぴくりと動く。
「成功だけを見て、医療を語るな」
沈黙。
「……いいだろう」
男は踵を返した。
馬が去る。
王都の気配が、町から抜けていく。
だが——
重いものが残った。
「……七日」
リーナが、呟く。
「ああ」
俺は、診療所の扉を見る。
この七日で、
救えない命が、必ず出る。
それでも。
逃げないと決めたのは、俺だ。
——なら、
この条件の中で、最善を尽くす。
治療とは、
いつだって不完全な選択だ。
それを、誰かに押し付ける気はない。
俺は、
この町で、治療師をやる。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




