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掌編

夢のまた夢

作者: 綴 詠士

 付き合うなんて夢のまた夢と思っていた憧れの彼から、食事の誘いがあった。

 勿論オーケーして食事に行った。だけどそれが地獄の始まりだった。

 彼に連れていかれたのはイタリアンの小さな店。

 赤い煉瓦の壁に、緑色の木枠で囲った窓。灰色の石畳の床。

 明るい黄色の木でできたテーブルと椅子。壁には詳細な風景が描かれた絵画が飾られ、天井の角には灰色の監視カメラが光っている。

 店内もお洒落で見た目だけなら満足コースだし、目の前には憧れの彼。上着の模様が水玉模様なのが気になるけど、減点方式は禁止だよね。

 だけど二人で楽しく食事をしていると、なぜか隣のテーブルに座っていた人が倒れた。

 直ぐに救急車を呼んでも全然来ない。厨房の方の店員を呼ぶが返事がない。他の客もいない。

 じゃあどうすればいいのか、私には分からなかった。だって医療の知識はないから。

 すると彼がトイレに行くと言って席を立った。

 このタイミングで!? って思ったけど口には出さない。

 今、ここには私だけ。静かな店内で息をひそめる。

 そして彼はいつまで経っても戻ってこなかった。

「どういうこと?」

 誰もいない店内で、私は呟く。

 ここにいるのは私だけ。厳密にいえば倒れている男性がいるのだけど。

 素人の私には生きているのかも分からない。

 変に触って犯人扱いされたくないから触らないけど。

 なんで彼はトイレから出てこないのか? 店員は? 救急車はどうした?

 そんな風に思うが、とはいえ、ここでは答えが出ない。

 慌ててトイレのドアをノックするが返事がない。それどころか人の気配もない気がする。……そんなわけがないのだが。

 そして私は悩んで、そのまま外に飛び出したのだった。

「大成功ー!!」

 大きな声。店の外では男が楽しそうに叫んだ。

「え?」

 私が戸惑っていると。店内では倒れていた男が立ち上がるし、すぐそばからトイレに行っていたはずの彼が顔を出す。

「ドッキリだよ。皆いなくなった時の反応、滅茶苦茶面白かったよ。これなら全国の視聴者も大満足だね」

 笑いながら彼が言う。

 「は!? ふざけんな!」

 私は思わず彼をビンタすると、そのまま立ち去った。

 はぁ。彼氏に相応しいチェックリストに、『配信で人を遊ばない』も入れておかなきゃだめかもね。あと水玉模様の上着も減点ね。

 憧れの人と出会うのは夢のまた夢だ。

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